2019年08月01日

正義の味方ヅラをするメディアの真相

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シビルNPO連携プラットフォーム 理事
 世古 一穂


●「新聞記者」という映画
「新聞記者」という映画がヒットしている
東京新聞記者・望月衣塑子のベストセラー「新聞記者」を原案に、政権がひた隠そうとする権力中枢の闇に迫ろうとする女性記者と、理想に燃え公務員の道を選んだある若いエリート官僚との対峙・葛藤をオリジナルストーリーで描いた衝撃作。東都新聞記者・吉岡のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある強い思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究明すべく調査をはじめる。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。ある日彼は、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。真実に迫ろうともがく若き新聞記者。闇の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。二人の人生が交差するとき、衝撃の事実が明らかになる

●メディアには闇の存在が跋扈する?
新聞やメディア業界も正義の味方づらをしているが内実は日常化しているセクハラ、パワハラ他の世間にしられたくないことのもみ消しを社をあげてやっていることは周知の事実だ。

土木業界も闇の存在が、跋扈する?
映画「新聞記者記者」をみて市民社会と
土木業界について考えるのも一興では?

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第16回「土木工学」ということば

Civil Engineeringは、明治七年(1874年)『工学寮学課並諸規則(工部省)』に「土木学」と初めて記された、と第8回に書いた。現在の一般的な訳はというと「土木工学」であり、Engineeringは「工学」である。
遡ること四年、鉄道建築師長(Engineer in Chief)エドモンド・モレルによる「建築局と建築学校設置」建議をもとに明治三年(1870年)閏十月二十日、大隈重信、伊藤博文らに主導されて「工部省」が建置された。この提案が途中で中国官制の六部の一つ「工部」にならったであろう「工部院建置の議」に変わっていなければ、明治政府の殖産興業をつかさどる省が「建築省」となっていたかもしれない。翌明治四年七月の「工部学校取設ノ儀」を経て、八月十四日に工部省は10寮1司の編成となり、技術教育機関「工学寮」が新設され、山尾庸三が工学頭になった。翌明治五年一月二十四日制定の『工部省職制並事務章程』の事務章程には「工学ヲ開明スル事」とあり「工学」が開明すべき新しい学問として初めて記された。また「鉄道電信灯台礁標等ヲ建築修繕スル事」という記述もあり、当時「鉄道」「電信」「灯台」は「建築」するものだった。
「土木工学」は、旧「開成所」の流れをくむ「東京開成学校」の教育課程『東京開成學校一覧』(明治八年(1875年)二月)の諸藝學(ポリテクニツク)第二年本科中級に「土木工學(シビールエンジニール)及實験」として出てくる。「工学」が確立したためか、「土木学」ではなく「土木工学」と訳されている。
なお、「土木学会」の前身の「工学会」は工学寮卒業生の同窓会が基である。
(土木学会土木広報センター次長 小松 淳)
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NPO法人LIME Japan 第17回啓発セミナー

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法人正会員 NPO法人LIME Japan理事
シビルNPO連携プラットフォーム 個人正会員
有岡 正樹


去る7月18日午後市ヶ谷の私学会館で開催の標記セミナーに参加した。例年通り100名を
超す参加者を集めての盛会で、以下の二部に分かれてのプログラムに3時間半に及ぶの有意な
ひとときをを過ごした。


第一部:基調講演
「インフラ整備の戦略的アセットマネジメント」
小林潔司 氏(京都大学名誉教授・日本アセットマネジメント協会会長)
「市民社会からみたインフラ整備の在り方」
山本卓朗 氏(NPO法人シビルNPO連携 プラットフォーム代表理事)

第二部:パネルディスカッション
「これまでの10 年、これからの10 年のインフラ整備を考える」
〇コーディネーター NPO齋藤宏保副理事長 (元NHK 解説主幹)
〇パネリスト
基調講演者 + NPO阪田憲次理事長の3名

1.はじめに

2009年9月の設立総会で本NPO法人を立ち上げて丁度10年ということで、これまでの分野ごとにテーマを決めてのインフラメンテナンスに関してではなく、標記に示すような総論的な課題を3名の歴代土木学会会長が意見交換するセミナーを開催することになった。設立1年半後の2011年東日本大震災に端を発する様々な災害の頻発もあって、我が国のインフラを取り巻く状況は複雑かつ極めて厳しいものがあったし、これからもその整備課題は山積していく一途のいま、この機会の持つ意味は大きい。

2.基調講演
(1)インフラ整備戦略的アセットマネジメント
小林氏からは、日本アセットマネジメント協会設立2年目の新しい組織のなかで取り組んでいる、PFI/PPPといった事業化の視点での戦略的アセットマネジメントについて紹介があった。昨今とくに地方において定着してきているPFIに関して、地方金融が疲弊していく中で地域のアセットをどう守っていくか、例えば現在活動している京都府においては外郭団体(サポートセンター)を設立して、それが周辺の市町村を支援し、取りまとめて事業化するといったやり方を研究している。いくつかの自治体を束ねて、より効率的にお金が回っていく仕組みを検討していこというものである。それに関係しての財務、契約、アセット評価、補修引当金、割引率、減価償却、繰延維持管理会計など多くの土木技術者にとっては初耳の用語が相次ぎ、これからのこうした業際化的な取り組みが避けて通れないとの思いに駆られた参加者も多かったと思われた。その前提として、欧米諸国では一般的な積算士(Quantity Surveyor)やインフラファンド評価鑑定士といった資格制度が焦眉の課題であろう。
(2)市民社会から見たインフラ整備の在り方
山本氏は、鉄道事業に長年関わった後、土工協・全建協、ゼネコンさらには土木学会といった建設に関わる多様な組織の指導者として50余年を過ごされたが、現在はシビル
NPO法人連携プラットフォームの代表理事として「土木と市民社会をつなぐ」をキーワードに社会貢献活動に関わっておられる。その背景には、かねてより土木は「市民工学」であるとの強い信念の下、とくに阪神および東日本という2つの大震災を経験しての「社会安全」に対する強い思い入れがある。講演では、戦後75年の前半は「もの」が「こころ」に卓越し、後半にはその関係が逆転していくことを背景に、@豊かさと貧しさ、A国際比較で、B多様なインフラ別に、という3つの視点で市民とインフラの関係をどのように考えるかをわかり易く説明があった。とくに国際比較については、‘幸せを感じているか’といった極めて基本的な点、‘国民一人当たりの道路延長’、‘国民の時間当たりの移動距離’といった土木的関心事項、さらには働き方や安全保障といった国策に関わる事象に至るまで20項目について日本の国際的位置づけを紹介され、それをもとに、「これまでの10年」と、下図を用い「これからの10年(過去30年相当)として総括があった。

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3.パネルディスカッション
「これまでの10 年、これからの10 年のインフラ整備を考える」
コーディネーターの齋藤宏保氏は、建設系NPO法人では数少ない文系のメンバーだが、34年前NHKに入社し建設省記者クラブに配属になったのを皮切りに、以後30余年ジャーナリストとして建設関係に深く関わってこられた。その間根付いてきた、‘インフラ整備の必要性が国民に本当に理解されてきたのか’との疑念を頭の片隅におきながら、以下の視点で3人の元土木学会会長が議論を展開した。
1. これまでの10年、必要なインフラ整備は進んだのか。
2. 計画通りに進まなかったのはなぜか。どうすればよかったのか。
3. これからの10年、必要なインフラ整備をどう進めればいいのか。
4. 少子高齢化、税収が減る中で、一般市民の理解は得られるのか。
80分という限られた時間での意見交換でもあり、これらを上記1.〜4.に分けて整理することは難しいので、1.と2.をまとめて「これまで10年の総括」、また3.と4.をまとめて「これからの10年へのヒント」として、代表的な論点を以下の通り紹介しておきたい。

(1) これまで10年の総括
・情報インフラの飛躍的利用、安全面での革新的技術、災害発生時での対応といった、市民目線でのインフラ整備は飛躍的に進んでいるが、これはあくまでも大都市圏での話であり、地方での課題先送りによるギャップの拡大は国全体の悪循環を招いている。そういう意味で市民目線での理解というと都市を中心とした一般市民対象のように捉えてしまうが、地方では‘家に帰れば普通の市民’的な暮らしの目線にまで及ぶことが重要である。広報という視点では、前者が話し側の伝える目線であり、後者は地域市民が知りたがっていることを‘ひろげる、つなぐ’目線である。
・太平洋戦争後75年の前半と後半の話があったが、その倍のタームで日本の近代史を見てみると、明治150年の後半という意味での戦後75年は民主主義とインフラ整備という青写真の上に成り立った近代国家というコンセンサスが前提であった。そして今は新しい価値観の世代に移ろうとしているが、その区切りにふさわしい青写真が描き切れていない。多様な技術と価値観をどう最大公約数的、あるいは最小公倍数的に描いていくかが問われている。インフレでいえば造ることから今あるものをどうマネジメントしていくかという価値観である。
・より具体的にということで、@時代のニーズに合った長寿命化・強靭化の視点でのインフラ整備が不十分、A地球温暖化による災害の頻発と巨大化に対応できるインフラの強靭化的更新の必要性、B少子高齢化と税収減少に対応するための人材と財政の限界、といったこれからの日本が避けられないジレンマにどう対峙していくのか、課題は深刻である。
(2) これからの10年へのヒント
・受け手側がどう認識したかを理解し、その課題を乗り越えて、重要な事象を取りまとめていくコミュニケーションとコーディネーションという一対の力が重要となる。失敗を恐れて外科手術的な対応が遅れ、重要事象を先送りしてしまう。とくに地方の行政と金融機関が優先順位を見極め、リスクを伴っての事業化を決断することが、地域疲弊の悪循環を断ち切っていくことにつながる。
・インフラメンテナンスにしても、5年ごとの点検が一巡して、すぐにも修理、更新の必要なインフラは全体の0.1%のオーダーと報告されている。‘乾いたタオルをさらに絞って’での対応ではなく、破棄も含めてインフラ全体の最適化を大胆に行う時期に来ている。個々のニーズではなく、総量としてのシーズをベースにしたアセットマネジメントへの変革が求められる。

・10年でこれまでの30年分に相当するようなスピードで時代が変わっていく。ただ。長期計画がこれまでの全総計画から、国土形成計画という理念先行で具体的な財政計画を伴わない現況では、建設業の後ろ向き体質は払しょくされない。企画、設計といった事業の上流部分を自らからの企業風土に取り入れて、社会的企業として脱請負のスケールの大きな事業主体に変革していく10年にすることができるかどうか、にかかっている。

4.あとがき
最後に司会の齋藤宏保氏が、阪神大震災の10年前の1983年に出版された彼の自著である小説「重い遺産―コンクリート構造物大崩壊迫る」のあとがきで‘それまでに建設してきたインフラが、近い将来あちこちで同時多発に痛みはじめ、次から次へと補修が必要となるのは目に見えている。補修費はいったい誰が面倒見よというのか’と問うているとの逸話を紹介し、それに“生きている以上は、次の世代に安全・安心で快適な社会を引き継ぎたいと思っていくことが重要”とのメッセージを添えて、セミナーは終わった。

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パネルメンバー(左より齋藤宏保、阪田憲次、山本卓郎、
小林潔司の各氏)

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