2020年11月01日

土木ウォッチング&Discover Doboku/大阪万博のレガシー“太陽の塔”/芸術家岡本太郎がデザインしたSRC 造搭状施設

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東京都市大学名誉教授
吉川 弘道


それは、2014年9月11日夕刻、出張先での出来事でした。
大阪での用務のため、たまたま万博記念公園駅(大阪モノレール)近くのホテルを予約し、太陽の塔に期せずして再会したのです。駅を降りてホテルに向かって歩いていましたが、背後に何か気配を感じ振りむいたら、この塔がこちらを見ていたのです。かなり上空からの目線でした。
『生きていたんだ、太陽の塔』。本当にそう思ったのです。
(岡本太郎ファンの皆様、地元に慣れ親しんでいる方々には失礼ないい様ですが、本当にそう思ったのです)。高校3年の時、関西修学旅行で訪れた大阪万博(正式名称は日本万国博覧会:1970年3月15日〜9月13日開催)以来なので、40年振りの再会でしょうか。
『元気だった?』と尋ねたら、黄金の顔がコクンとうなずいていた(ような気がした)ので、
『(私は)こんな大人(?)になりました』と報告しました。
思いもかけない半世紀ぶりの会話(微妙に大袈裟になっています)で、何か目頭が熱くなるのを感じながらも、ホテルのチェックインに急ぎました。
さて、この太陽の塔は、1970年開催の大阪万博のシンボルとして設置された、高さ約70mのSRC造(一部鉄骨)の搭状施設。岡本太郎がデザインしたこの塔は、未来を象徴する頂部の“黄金の顔”、現在を象徴する正面の“太陽の顔”、過去を象徴する背面の“黒い太陽”、の3つ顔を持つ。昭和真っただ中にあって、この塔に見守られながら、それぞれに異彩を放つ外国/企業系のパビリオンを渡り歩き、次々に出っくわすカルチャーショックを享受していました(長い長い待ち行列にもへこたれずに)。上目線ですが、微動だにしない太陽の顔に、当時の様子を懐かしく思い出させてくれました。
‘太陽の塔オフィシャルサイト’https://taiyounotou-expo70.jp/about/project/ によれば、再生事業として、塔の耐震工事の実施と内部展示の「生命の樹」、第4の顔「地底の太陽」を復元し、既に一般公開(事前予約制)しているとのこと(すぐにでも、現地に馳せ参じる所存です)。
 加えて、建設ニュースhttps://www.constnews.com/?p=23315 によれば、塔の構造は、下部がRC造、中央部がSRC造、上部と腕部がS造の地下1階地上2階建て延べ1304m2。改修工事は、下部が内壁増し打ち補強、上部が既存鉄骨に補強鉄骨フレームを設け、既存エスカレーターを撤去するとともに、鉄骨階段を新設するとのこと。
 改めて整理すると、太陽の塔との出会いは1970年(昭和45年)。当時、大学受験を控え、理系とは決めていましたが(先生が決めていた?)、どんな分野どんな学部/学科が良いか逡巡している時期でした。そんな折り、コンクリート建造物(建築物ですが)との邂逅を果たしていたのでした。大学進学後、卒論でコンクリート構造を選択し、(40年ほど途中略)現在に至り、このCNCP通信の原稿ワープロをたたいています。やっぱり、建築の方が良かったのかな?(こら〜、そっちか!!)。

■追伸:社会インフラ(“土木”、または“Doboku”と総称しています)の醍醐味と意義を伝えるべく、下記の2つのサイトを主宰しています。
☆★☆土木ウォッチング -インフラ大図鑑-:https://www.doboku-watching.com/
***1,100の記事を公開しています
★☆★Discover Doboku -日本の土木再発見-:https://www.facebook.com/DiscoverDoboku/
***フォロワーが10,000人を超えました
社会インフラを、次世代に繋げるための現世代のミッションと考えています。ご支援ご愛顧ください。Infrastructure for the Next Generation.
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大阪万博のレガシー“太陽の塔”

 数年前、昭和世代には忘れられない“太陽の塔”に再会し、改めて紹介致します。   
 1970年(昭和45年)開催の大阪万博のシンボルとしてデザインされた高さ70mのSRC造(一部鉄骨造)の搭状施設ですが、多くのレガシーを築きました。
 3つの顔、黄金の顔/太陽の顔/黒い太陽が会場内を見つめ、海外の来訪者にも強烈なインパクトを与えました。高校生の私は、この顔に見守られながら、国内外のパビリオンを巡り歩いたのです。
 最近、耐震改修工事と内部再生事業が完了し、太陽の塔を有する万博記念公園の再出発に大きな期待が高まっています。
▼フレンズコーナーに続く。
(吉川 弘道)

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私が主宰する土木ウォッチングには、このような投稿記事を分類/公開しています(現時点にて1100件1800セッション)。
https://www.doboku-watching.com/
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土木ウォッチング&Discover Doboku/大阪万博のレガシー“太陽の塔”/芸術家岡本太郎がデザインしたSRC 造搭状施設

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東京都市大学名誉教授
吉川 弘道


それは、2014年9月11日夕刻、出張先での出来事でした。
大阪での用務のため、たまたま万博記念公園駅(大阪モノレール)近くのホテルを予約し、太陽の塔に期せずして再会したのです。駅を降りてホテルに向かって歩いていましたが、背後に何か気配を感じ振りむいたら、この塔がこちらを見ていたのです。かなり上空からの目線でした。
『生きていたんだ、太陽の塔』。本当にそう思ったのです。
(岡本太郎ファンの皆様、地元に慣れ親しんでいる方々には失礼ないい様ですが、本当にそう思ったのです)。高校3年の時、関西修学旅行で訪れた大阪万博(正式名称は日本万国博覧会:1970年3月15日〜9月13日開催)以来なので、40年振りの再会でしょうか。
『元気だった?』と尋ねたら、黄金の顔がコクンとうなずいていた(ような気がした)ので、
『(私は)こんな大人(?)になりました』と報告しました。
思いもかけない半世紀ぶりの会話(微妙に大袈裟になっています)で、何か目頭が熱くなるのを感じながらも、ホテルのチェックインに急ぎました。
さて、この太陽の塔は、1970年開催の大阪万博のシンボルとして設置された、高さ約70mのSRC造(一部鉄骨)の搭状施設。岡本太郎がデザインしたこの塔は、未来を象徴する頂部の“黄金の顔”、現在を象徴する正面の“太陽の顔”、過去を象徴する背面の“黒い太陽”、の3つ顔を持つ。昭和真っただ中にあって、この塔に見守られながら、それぞれに異彩を放つ外国/企業系のパビリオンを渡り歩き、次々に出っくわすカルチャーショックを享受していました(長い長い待ち行列にもへこたれずに)。上目線ですが、微動だにしない太陽の顔に、当時の様子を懐かしく思い出させてくれました。
‘太陽の塔オフィシャルサイト’https://taiyounotou-expo70.jp/about/project/ によれば、再生事業として、塔の耐震工事の実施と内部展示の「生命の樹」、第4の顔「地底の太陽」を復元し、既に一般公開(事前予約制)しているとのこと(すぐにでも、現地に馳せ参じる所存です)。
 加えて、建設ニュースhttps://www.constnews.com/?p=23315 によれば、塔の構造は、下部がRC造、中央部がSRC造、上部と腕部がS造の地下1階地上2階建て延べ1304m2。改修工事は、下部が内壁増し打ち補強、上部が既存鉄骨に補強鉄骨フレームを設け、既存エスカレーターを撤去するとともに、鉄骨階段を新設するとのこと。
 改めて整理すると、太陽の塔との出会いは1970年(昭和45年)。当時、大学受験を控え、理系とは決めていましたが(先生が決めていた?)、どんな分野どんな学部/学科が良いか逡巡している時期でした。そんな折り、コンクリート建造物(建築物ですが)との邂逅を果たしていたのでした。大学進学後、卒論でコンクリート構造を選択し、(40年ほど途中略)現在に至り、このCNCP通信の原稿ワープロをたたいています。やっぱり、建築の方が良かったのかな?(こら〜、そっちか!!)。

■追伸:社会インフラ(“土木”、または“Doboku”と総称しています)の醍醐味と意義を伝えるべく、下記の2つのサイトを主宰しています。
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分かり易い土木 第7 回 鉄道の話−ミニ新幹線−

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シビルNPO連携プラットフォーム 代表理事
山本 卓朗


前回、ゲージ(軌道間隔)の話をしましたがその続きです。
我が国のゲージは太宗を占める国鉄が「狭軌」となりましたが、「標準軌」など異なるゲージの鉄道も走っています。近年、利便性を高めるために、都心を貫通するスル―運転が実施されていますが、当然のことながら、同じゲージの路線同士で結ばれています。例えば、「狭軌」のJR中央・総武線と地下鉄東西線、「標準軌」同士の京浜急行電鉄から都営浅草線をへて京成電鉄などです。

さて、新幹線が登場して半世紀を過ぎましたが、全国にそのネットワークを整備したいという夢は、財源や採算性から簡単に実現出来るものではありません。そこで既存の新幹線と在来線をつないで、地方の中核都市へ新幹線の効果を及ぼそうという構想が東北新幹線と山形・秋田方面をつなぐ形で実現しました。新在直通運転といいますが、“ミニ新幹線”の呼称で親しまれています。

では「標準軌」と「狭軌」をどうやって繋ぐのでしょうか?
まず車両の車輪間隔を可変装置で変える方式があり、スペインその他で実際に使われています。我が国では新幹線用にフリーゲージトレインの名称で開発が進められていますが、未だ高速域での実用化のめどが立っていません。
山形・秋田のミニ新幹線構想では、在来区間のゲージを「標準軌」に広げる方式を取りました。しかしゲージを広げても在来線のトンネルなどの空間は小さいままなので、車両は小型の在来線用です。こうして実際の運転は、東京駅から新幹線車両と在来乗り入れ用車両を併結して出発し、福島駅と盛岡駅で切り離します。ゲージを広げる工事ですが、作業を効率的に行うために、レールや枕木交換から軌道整備まで一貫して行う「ビッグワンダー(写真)」と呼ばれる軌道更新機が開発され大活躍しました。
ミニ新幹線の最大の特徴は、乗り換えなしで新在が直通することにあり、その利便性が利用客に評価されて、競争関係にある航空利用が激減したことにもつながったと思われます。

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「学び」と野外活動

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シビルNPO連携プラットフォーム 常務理事/企画サービス部門長
社会基盤ライフサイクルマネジメント研究会 副理事長
横塚 雅実


リヒャルト・シルマンは1874年ドイツ、祖父・父ともに教師の家庭に生まれました。師範学校に在学中の17歳のとき、地理教師が進めた授業に触発され貴重な徒歩旅行を体験しました。彼は1895年、教会学校の教師に採用されると、児童と一緒に野外に出て、遊び歌をうたい、算数など教科の授業も行う「ワンデルンシューレ(移動教室)」を思いつきます。そして、これがのちにユースホステル運動の発想を生むことになります。
シルマンは教室で授業を受ける子どもたちに、元気がなく、病気がちであることを憂えていました。当時、急速な工業化に伴う大気汚染で肺病になったり、周囲の急速な生活環境の変化で精神的に落ち込むような子どもたちが多かったといいます。シルマンは町なかの教室から子どもたちを連れ出し、郊外の森の中で授業をおこなってみたところ、子どもたちに笑顔が戻り、元気になるという効果に気付いたようです。
1909年、彼はドルトムント近くのアルテナを始点としてライン川沿いにアーヘンの丘陵地帯を抜ける8泊の徒歩旅行を実施しました。徒歩旅行2日目に激しい風雨に見舞われたとき、農家に納屋の宿泊利用を依頼したが断られ、一行は村の学校で教員の妻の許可を得てやっと宿泊できました。「ドイツ国中の学校が、宿舎(ホステル)として提供されれば、子供たちのために、安全で簡素で格安なユースホステルを作れる」と発想し、これを契機にユースホステル運動が始まります。
その後、この運動はドイツ国内に拡大し、第2次世界大戦という不幸な出来事がありましたが、ヨーロッパ、アメリカへと広がりました。日本へは戦後、1951年にアメリカ経由でユースホステルが導入され、東京・日光・富士・伊豆等13ヶ所に設置されました。現在では世界で約80の国と地域に約4,000か所、日本国内には約220か所のユースホステルが設置されています。世界で年間宿泊者数は約3,700万人、ユースホステル会員数は380万人、世界最大の宿のネットワークです。
私も1972年、当時NHK総合テレビが放映した「太陽の丘」という、ユースホステルを舞台にしたテレビドラマに影響を受け会員に登録しました。このドラマは伊豆山中にあるユースホステルで、さまざまな問題を背負いここを訪れる若者たちと、ペアレント(管理人)一家との交流を描き、社会や家族を見つめたものでした。森繁久彌がこのペアレントを演じ、田辺靖雄、九重祐三子、岡崎友紀などが登場します。
私の場合は徳島県鳴門市のユースホステルの運営を支えるボランティア(ヘルパー)として学生時代の4年間を過ごし、そこを訪れる同世代の青少年(ホステラー)と交流する貴重な機会を得ることができました。夕食後、ホステラーは食堂に集まり、歌を歌い、ゲームを楽しみます。そして彼らは翌朝自ら部屋を清掃し、「行ってきまーす」と元気に次の目的地に旅立っていきました。ペアレントの青木夫妻(他界)は私にとって両親も同然で、鳴門は第2の故郷でした。また、全国各地から集まったヘルパーは今も「渦潮の会」という懇親の集まりを継続しています。
野外での非日常的な体験は、青少年に貴重な「学び」の機会を与えます。人はひとりでこの社会にいるのではなく、他者と繋がり結びながら、その関係の中に、自分を発見しようとするものであること。そしてその過程で、自らが新しい価値をつくりだし、それを人々の生活や社会に埋め込んで、新たな価値によって革新し続けるものであること。このような「学び」の実践が、旅をするという非日常的な体験で、青少年に育むことができるのです。シルマンの時代と背景は大きく異なりますが、青少年がこのような「学ぶ」機会を得ることを、我々はたゆまず努力して提供する責務を持っているように感じています。
そして、この「学ぶ」姿勢は世代を超えて、今の私たちにこそ、求められているものと思います。

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大阪万博のレガシー“太陽の塔”

 数年前、昭和世代には忘れられない“太陽の塔”に再会し、改めて紹介致します。   
 1970年(昭和45年)開催の大阪万博のシンボルとしてデザインされた高さ70mのSRC造(一部鉄骨造)の搭状施設ですが、多くのレガシーを築きました。
 3つの顔、黄金の顔/太陽の顔/黒い太陽が会場内を見つめ、海外の来訪者にも強烈なインパクトを与えました。高校生の私は、この顔に見守られながら、国内外のパビリオンを巡り歩いたのです。
 最近、耐震改修工事と内部再生事業が完了し、太陽の塔を有する万博記念公園の再出発に大きな期待が高まっています。
▼フレンズコーナーに続く。
(吉川 弘道)

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私が主宰する土木ウォッチングには、このような投稿記事を分類/公開しています(現時点にて1100件1800セッション)。
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私たちの「土木と市民社会をつなぐ」

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土木学会/教育企画・人材育成委員会/シビルNPO推進小委員会 副幹事長
日本ミクニヤ株式会社
上園 智美


0. はじめまして
土木学会/教育企画・人材育成委員会/シビルNPO推進小委員会(以下本小委員会)では、NPO法人「シビルNPO連携プラットフォーム(以下CNCP)」と連携して「土木と市民社会をつなぐ」ことを基本テーマに活動しています。また、土木学会の他組織とCNCPのコアメンバーと共に、このテーマに賛同してくれる仲間が集まる「土木と市民社会をつなぐフォーラム」の設立準備も行っています。
ここでは本小委員会のメンバーのうち上園・矢代・三村・大沼から、我々のこれまでの活動とこれからの活動の紹介をさせていただきます。

1. これまでの活動の紹介(防衛大学校 矢代晴実)
土木学会の会員は、顧客である市民と土木をつなぐ人材として、土木技術の実践と仲介を果たすことを期待されています。このことから、以下のような実態を明らかにするためのアンケート調査( 『土木インフラ・まちづくりにおける市民協働に関したアンケート』調査結果報告https://committees.jsce.or.jp/education14/node/33 )を実施しました。
・市民協働活動がどれくらい行われているのか
・実際の活動内容はどのようなものか
・活動にどれだけ土木技術サービスが提供されているのか
・そこに土木技術者が必要とされているのか など。
これによると、土木については、
・広く市民に知ってもらえるよう、広報等の活動のあり方なども考える必要がある
・土木が市民生活の周りに普通に存在し、密着したものであることを理解してもらうべき
との結論が得られました。
そこで、土木に対する市民の理解を少しでも進めるため、前述の「土木と市民社会をつなぐフォーラム」のあり方の検討や設立に向けた準備などの活動を2カ月に1回の頻度で実施することとし、これまで活動を続けてきました。

2. これからの活動の紹介
2020年10月から本小委員会の体制が変わり、下記のような活動を進めています。
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それぞれの活動について、もう少し詳しくご説明します。

A:フォーラム仲間の情報共有を容易にする(株式会社エイト日本技術開発 三村昇)
土木と市民社会をつなぐ活動をしているフォーラムの仲間が、自分たちの活動に役立つ他の活動情報を容易に検索・共有できるサイトを準備しています。フォーラム仲間を始め、同じような活動をしているフォーラム以外の組織・団体・個人の活動等情報をデータベース化し、簡単にお互いの活動内容や実績等を検索できるように開発しています。
これからの活動の参考としたり支援をお願いしたり、あるいは一緒に活動するなど、フォーラム仲間の活動を後押しできるような場の創出を目指して完成させていきます。
B:フォーラム仲間の個々の組織の活動の支援(日本ミクニヤ株式会社 上園智美)
「土木と市民社会をつなぐ」活動を実施されている団体・個人はたくさんいらっしゃいますので、それぞれの活動の現状や課題をお互いに知っていただくため、我々に何ができるか、議論を重ね検討してきました。その中で、それぞれの活動についてお話を聞き合うのはどうか?という意見がまとまり、「土木と市民社会をつなぐ」活動を実施されている方にゲストスピーカーとして参加いただき、組織活動についてお話を伺い、みんなで共有していくという支援を行っていく事になりました。                 
新型コロナウイルスの影響によりテレワークなどの取り組みが進み、ZOOMなどのウェブ会議やウェブ配信技術が皆さまの生活の中でも馴染んできたこともあり、これらのシステムも使った取り組みを考えています。
これからいろんな方々にゲストスピーカーとして参加いただき、活動についてお聞かせいただきたいと思っています。またオンライン配信だけでなく録画配信も考えていますので、距離や時間のハードルを超えた支援ができるのではないかと思っています。

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C:「市民」との相互コミュニケーション(国土防災技術株式会社 大沼乃里子)
土木と市民との相互コミュニケーションを促進する場として、土木に関するQ&A等を通じた土木コミュニケーション活性化の検討を進めています。
1つ目は、市民の皆さんからの素朴な質問に土木関係者が回答する「場」として、Facebook・Twitterを活用した「質問コーナー」を設置しました。第1弾の質問は「トンネルはなぜ丸とか四角とかいろいろな形があるのですか?」といった可愛らしい質問。必ずしも学術的に正しい回答でなくても、いろいろな切り口からの回答・意見などを、フォローしてくださっている皆さんにコメントの形で投稿してもらっています。
また2つ目は、市民の皆さんから「土木に関する質問」を継続的に集め、土木関係者もこれらに回答するような、参加型の双方向コミュニケーションの「場」を作りたいと考えています。
今後は土木関連イベントでの一般来訪者の皆さんへのアンケートの活用も検討していきます。

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いろんな活動を発信していきますので、どうぞよろしくお願いします!
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全国まちづくりNPO 調査結果報告(その1)

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シビルNPO連携プラットフォーム 常務理事/企画サービス部門長
社会基盤ライフサイクルマネジメント研究会 副理事長
横塚 雅実


今回から3回にわたって、企画サービス部門が本年4月から6月にかけて実施した「全国まちづくりNPO調査」の結果についてご紹介します。まず第1回目は全国の概要、都道府県別、ならびに関東・近畿といった地方別の状況を報告します。次号の第2回目は3大都市圏、および特に東京都を取り上げて現状を報告し、そして第3回目は調査を通じての所感を紹介いたします。

■調査の目的
当会の活動の現況を評価し、今後の方向を検討するうえで、全国にまちづくりの、そして特にシビル系のNPOが、どれくらいあるのか、また、どのような活動を行っているのかを把握することはとても重要です。しかし、これまで意外なことに、この数字をきちんと把握することが見逃されてきました。そこで本調査は、全国のまちづくり、並びにシビル系のNPOの数を調べることを第一の目的としました。
そして、CNCPの活動を全国の非会員シビル系NPOや、更にはまちづくりNPOのニーズに沿ったものに調整し、できればCNCPの会員の増大につなげることを先々の狙いとしました。
ここにシビル系とはシニアの土木技術者として取り組みやすい分野とし、表-1のような分類の基準を今回決めました。

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■調査の方法
「内閣府NPOホームページ」の「NPO法人ポータルサイト」で全体を概観することにします。 
https://www.npo-homepage.go.jp/npoportal/certification
2020年6月22日現在、全国で59,255 件のNPO法人が登録されています。また、当会に関連する活動分野ごとにみると、下記の件数が重複を許して検索できます。
まちづくり 24,362 件 環境の保全 14,808 件
観光 3,207 件 災害救援 4,606 件
農山漁村・中山間地域 2,706 件 地域の安全 6,755 件
次に、ここからシビル系を絞り込みます。具体的には活動分野を「まちづくり」に絞り、都道府県ごとに検索して、各法人の「行政入力情報」ページを開きながら、「定款に記載された目的」やその「活動分野」からシビル系か非シビル系かの判断をします。
また、必要な場合、当該NPOの直近の「事業報告書」を開き、活動内容を確認しながら、シビル系のNPO法人をリストに整理し、これを都道府県別にまとめたエクセルリストを最終成果とします。
今回は、休業状態のNPOのリストアップを避けるため、検索条件として「2017年」以降「事業報告書等」の提出「あり」と条件を付し、リストアップしています。

■調査の結果
@全国ならびに都道府県ごとのシビル系NPO
全国では、NPO総数が59,461件(都道府県ごとのリストを合計、2ヶ月余の調査期間中に登録数が変動し、前掲した6月22日現在の総数とやや異なる)、この内まちづくりNPOは18,896件(31.8%)、更にシビル系NPOは4,173件(7.0%)の集計結果となりました。また、都道府県別別のシビル系NPO件数を次ページ図-3に示します。最大は東京都の729件で、大阪府の264件がこれに続きます。
都道府県ごとにシビル系NPO件数が全NPO総件数に占める比率の全国平均は7.0%、甲信越地域が比較的高く、山陽地域・九州地方が低い傾向がありました。

A地方別のシビル系NPO
全国のNPO総数59,461件の地方別の状況を図-1に示します。最大は関東地方の23,119件、39%、次いで近畿地方の10,626件、18%となっています。このうちまちづくりNPO数は関東地方が6,829件(29.5%)、次いで近畿地方が3,502件(33.0%)、また、シビル系NPOの地方ごとの活動分野別構成比を図-2に示します。西日本の中国・四国・九州沖縄地方では「3.地域資源」、「4.農山村」の構成比が低い特徴がみられます。(次号につづく)

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まず「CNCP 通信」の見直しを

img1098.jpgシビルNPO連携プラットフォーム 常務理事/事務局長/土木学会連携部門長
土木学会/シビルNPO推進小委員会 委員長
メトロ設計梶@取締役
田中 努


CNCPは、設立以来、中間支援組織としての活動のあり方を常に模索しつつ、現在は「土木と市民社会をつなぐ」ことをキーワードとして、事業を組み立てています。しかし、「新コロナウイルス」の影響で、SNS・WEB会議・クラウドなどの新しいコミュニケーション・ツールを使って、企業はテレワーク、学会はWEB会議やウエビナーなど、活動様式の見直しを加速させました。NPOも例外ではないと思います。そこで、10月の総会で提示したように、今年度は、経営会議メンバーの世代交代の方針と共に、CNCP のミッションとそれに応じた活動の見直しを図っていきます。

CNCP事務局が一足先に交代したこともあり、今月号から「CNCP通信」の見直しを始めました。
まず、仲間の範囲。右図のように、「中間支援組織」として「土木と市民社会をつなぐ」に重点を置いたこと。CNCPの外の組織・団体・個人で「土木と市民社会をつなぐ」活動をしている、下表のような方々に、それぞれの活動を紹介していただき、その方々を「CNCPフレンズ」と勝手に呼んで(笑)、「CNCP通信」を配信し、ともだちの輪を広げていきたいと思います。

■CNCPフレンズ
産・学・民 土木ウオッチング/ツタドボ/その他、橋・ダム・トンネル・食べ物などいろいろ
土木学会 土木広報センター/シビルNPO推進小委/土木と市民社会をつなぐフォーラム/コンサルタント委員会などいろいろ
行政・インフラ事業者 国・自治体・NEXCO・JR・首都高などいろいろ
「CNCP通信」の変更の1つめは、表紙の■今月の土木■。写真と短いコメントで土木の美しさ・凄さ・有用さ、土木と関わることの面白さ・楽しさなどを伝えていただきます。今月号はFacebookの「土木ウオッチング」などで活働されている東京都市大の吉川弘道先生で、12月号は「ツタドボ」の片山代表、1月号は土木学会誌の表紙を担当されているイラストレーターの広野りおさんを予定しています。
2つめは【フレンズコーナー】。右表の方々に、投稿をお願いしていきます。
そして3つめは【オピニオン】。CNCPの経営会議で考えた「社会的課題」に関するテーマに対して、行政・インフラ事業者+大学+ゼネコン+コンサル+土木外のCNCP会員・サポーターなどのお考えを投稿していただき、まとめてみたいと思います。将来は、土木学会の委員会と連携して取り組んだりしながら、政策提言にまで高められれば、素晴らしいなと思います。

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分かり易い土木 第7 回 鉄道の話−ミニ新幹線−

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シビルNPO連携プラットフォーム 代表理事
山本 卓朗


前回、ゲージ(軌道間隔)の話をしましたがその続きです。
我が国のゲージは太宗を占める国鉄が「狭軌」となりましたが、「標準軌」など異なるゲージの鉄道も走っています。近年、利便性を高めるために、都心を貫通するスル―運転が実施されていますが、当然のことながら、同じゲージの路線同士で結ばれています。例えば、「狭軌」のJR中央・総武線と地下鉄東西線、「標準軌」同士の京浜急行電鉄から都営浅草線をへて京成電鉄などです。

さて、新幹線が登場して半世紀を過ぎましたが、全国にそのネットワークを整備したいという夢は、財源や採算性から簡単に実現出来るものではありません。そこで既存の新幹線と在来線をつないで、地方の中核都市へ新幹線の効果を及ぼそうという構想が東北新幹線と山形・秋田方面をつなぐ形で実現しました。新在直通運転といいますが、“ミニ新幹線”の呼称で親しまれています。

では「標準軌」と「狭軌」をどうやって繋ぐのでしょうか?
まず車両の車輪間隔を可変装置で変える方式があり、スペインその他で実際に使われています。我が国では新幹線用にフリーゲージトレインの名称で開発が進められていますが、未だ高速域での実用化のめどが立っていません。
山形・秋田のミニ新幹線構想では、在来区間のゲージを「標準軌」に広げる方式を取りました。しかしゲージを広げても在来線のトンネルなどの空間は小さいままなので、車両は小型の在来線用です。こうして実際の運転は、東京駅から新幹線車両と在来乗り入れ用車両を併結して出発し、福島駅と盛岡駅で切り離します。ゲージを広げる工事ですが、作業を効率的に行うために、レールや枕木交換から軌道整備まで一貫して行う「ビッグワンダー(写真)」と呼ばれる軌道更新機が開発され大活躍しました。
ミニ新幹線の最大の特徴は、乗り換えなしで新在が直通することにあり、その利便性が利用客に評価されて、競争関係にある航空利用が激減したことにもつながったと思われます。

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「学び」と野外活動

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シビルNPO連携プラットフォーム 常務理事/企画サービス部門長
社会基盤ライフサイクルマネジメント研究会 副理事長
横塚 雅実


リヒャルト・シルマンは1874年ドイツ、祖父・父ともに教師の家庭に生まれました。師範学校に在学中の17歳のとき、地理教師が進めた授業に触発され貴重な徒歩旅行を体験しました。彼は1895年、教会学校の教師に採用されると、児童と一緒に野外に出て、遊び歌をうたい、算数など教科の授業も行う「ワンデルンシューレ(移動教室)」を思いつきます。そして、これがのちにユースホステル運動の発想を生むことになります。
シルマンは教室で授業を受ける子どもたちに、元気がなく、病気がちであることを憂えていました。当時、急速な工業化に伴う大気汚染で肺病になったり、周囲の急速な生活環境の変化で精神的に落ち込むような子どもたちが多かったといいます。シルマンは町なかの教室から子どもたちを連れ出し、郊外の森の中で授業をおこなってみたところ、子どもたちに笑顔が戻り、元気になるという効果に気付いたようです。
1909年、彼はドルトムント近くのアルテナを始点としてライン川沿いにアーヘンの丘陵地帯を抜ける8泊の徒歩旅行を実施しました。徒歩旅行2日目に激しい風雨に見舞われたとき、農家に納屋の宿泊利用を依頼したが断られ、一行は村の学校で教員の妻の許可を得てやっと宿泊できました。「ドイツ国中の学校が、宿舎(ホステル)として提供されれば、子供たちのために、安全で簡素で格安なユースホステルを作れる」と発想し、これを契機にユースホステル運動が始まります。
その後、この運動はドイツ国内に拡大し、第2次世界大戦という不幸な出来事がありましたが、ヨーロッパ、アメリカへと広がりました。日本へは戦後、1951年にアメリカ経由でユースホステルが導入され、東京・日光・富士・伊豆等13ヶ所に設置されました。現在では世界で約80の国と地域に約4,000か所、日本国内には約220か所のユースホステルが設置されています。世界で年間宿泊者数は約3,700万人、ユースホステル会員数は380万人、世界最大の宿のネットワークです。
私も1972年、当時NHK総合テレビが放映した「太陽の丘」という、ユースホステルを舞台にしたテレビドラマに影響を受け会員に登録しました。このドラマは伊豆山中にあるユースホステルで、さまざまな問題を背負いここを訪れる若者たちと、ペアレント(管理人)一家との交流を描き、社会や家族を見つめたものでした。森繁久彌がこのペアレントを演じ、田辺靖雄、九重祐三子、岡崎友紀などが登場します。
私の場合は徳島県鳴門市のユースホステルの運営を支えるボランティア(ヘルパー)として学生時代の4年間を過ごし、そこを訪れる同世代の青少年(ホステラー)と交流する貴重な機会を得ることができました。夕食後、ホステラーは食堂に集まり、歌を歌い、ゲームを楽しみます。そして彼らは翌朝自ら部屋を清掃し、「行ってきまーす」と元気に次の目的地に旅立っていきました。ペアレントの青木夫妻(他界)は私にとって両親も同然で、鳴門は第2の故郷でした。また、全国各地から集まったヘルパーは今も「渦潮の会」という懇親の集まりを継続しています。
野外での非日常的な体験は、青少年に貴重な「学び」の機会を与えます。人はひとりでこの社会にいるのではなく、他者と繋がり結びながら、その関係の中に、自分を発見しようとするものであること。そしてその過程で、自らが新しい価値をつくりだし、それを人々の生活や社会に埋め込んで、新たな価値によって革新し続けるものであること。このような「学び」の実践が、旅をするという非日常的な体験で、青少年に育むことができるのです。シルマンの時代と背景は大きく異なりますが、青少年がこのような「学ぶ」機会を得ることを、我々はたゆまず努力して提供する責務を持っているように感じています。
そして、この「学ぶ」姿勢は世代を超えて、今の私たちにこそ、求められているものと思います。

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私たちの「土木と市民社会をつなぐ」

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土木学会/教育企画・人材育成委員会/シビルNPO推進小委員会 副幹事長
日本ミクニヤ株式会社
上園 智美


0. はじめまして
土木学会/教育企画・人材育成委員会/シビルNPO推進小委員会(以下本小委員会)では、NPO法人「シビルNPO連携プラットフォーム(以下CNCP)」と連携して「土木と市民社会をつなぐ」ことを基本テーマに活動しています。また、土木学会の他組織とCNCPのコアメンバーと共に、このテーマに賛同してくれる仲間が集まる「土木と市民社会をつなぐフォーラム」の設立準備も行っています。
ここでは本小委員会のメンバーのうち上園・矢代・三村・大沼から、我々のこれまでの活動とこれからの活動の紹介をさせていただきます。

1. これまでの活動の紹介(防衛大学校 矢代晴実)
土木学会の会員は、顧客である市民と土木をつなぐ人材として、土木技術の実践と仲介を果たすことを期待されています。このことから、以下のような実態を明らかにするためのアンケート調査( 『土木インフラ・まちづくりにおける市民協働に関したアンケート』調査結果報告https://committees.jsce.or.jp/education14/node/33 )を実施しました。
・市民協働活動がどれくらい行われているのか
・実際の活動内容はどのようなものか
・活動にどれだけ土木技術サービスが提供されているのか
・そこに土木技術者が必要とされているのか など。
これによると、土木については、
・広く市民に知ってもらえるよう、広報等の活動のあり方なども考える必要がある
・土木が市民生活の周りに普通に存在し、密着したものであることを理解してもらうべき
との結論が得られました。
そこで、土木に対する市民の理解を少しでも進めるため、前述の「土木と市民社会をつなぐフォーラム」のあり方の検討や設立に向けた準備などの活動を2カ月に1回の頻度で実施することとし、これまで活動を続けてきました。

2. これからの活動の紹介
2020年10月から本小委員会の体制が変わり、下記のような活動を進めています。
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それぞれの活動について、もう少し詳しくご説明します。

A:フォーラム仲間の情報共有を容易にする(株式会社エイト日本技術開発 三村昇)
土木と市民社会をつなぐ活動をしているフォーラムの仲間が、自分たちの活動に役立つ他の活動情報を容易に検索・共有できるサイトを準備しています。フォーラム仲間を始め、同じような活動をしているフォーラム以外の組織・団体・個人の活動等情報をデータベース化し、簡単にお互いの活動内容や実績等を検索できるように開発しています。
これからの活動の参考としたり支援をお願いしたり、あるいは一緒に活動するなど、フォーラム仲間の活動を後押しできるような場の創出を目指して完成させていきます。
B:フォーラム仲間の個々の組織の活動の支援(日本ミクニヤ株式会社 上園智美)
「土木と市民社会をつなぐ」活動を実施されている団体・個人はたくさんいらっしゃいますので、それぞれの活動の現状や課題をお互いに知っていただくため、我々に何ができるか、議論を重ね検討してきました。その中で、それぞれの活動についてお話を聞き合うのはどうか?という意見がまとまり、「土木と市民社会をつなぐ」活動を実施されている方にゲストスピーカーとして参加いただき、組織活動についてお話を伺い、みんなで共有していくという支援を行っていく事になりました。                 
新型コロナウイルスの影響によりテレワークなどの取り組みが進み、ZOOMなどのウェブ会議やウェブ配信技術が皆さまの生活の中でも馴染んできたこともあり、これらのシステムも使った取り組みを考えています。
これからいろんな方々にゲストスピーカーとして参加いただき、活動についてお聞かせいただきたいと思っています。またオンライン配信だけでなく録画配信も考えていますので、距離や時間のハードルを超えた支援ができるのではないかと思っています。

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C:「市民」との相互コミュニケーション(国土防災技術株式会社 大沼乃里子)
土木と市民との相互コミュニケーションを促進する場として、土木に関するQ&A等を通じた土木コミュニケーション活性化の検討を進めています。
1つ目は、市民の皆さんからの素朴な質問に土木関係者が回答する「場」として、Facebook・Twitterを活用した「質問コーナー」を設置しました。第1弾の質問は「トンネルはなぜ丸とか四角とかいろいろな形があるのですか?」といった可愛らしい質問。必ずしも学術的に正しい回答でなくても、いろいろな切り口からの回答・意見などを、フォローしてくださっている皆さんにコメントの形で投稿してもらっています。
また2つ目は、市民の皆さんから「土木に関する質問」を継続的に集め、土木関係者もこれらに回答するような、参加型の双方向コミュニケーションの「場」を作りたいと考えています。
今後は土木関連イベントでの一般来訪者の皆さんへのアンケートの活用も検討していきます。

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いろんな活動を発信していきますので、どうぞよろしくお願いします!
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「学び」と野外活動

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シビルNPO連携プラットフォーム 常務理事/企画サービス部門長
社会基盤ライフサイクルマネジメント研究会 副理事長
横塚 雅実


リヒャルト・シルマンは1874年ドイツ、祖父・父ともに教師の家庭に生まれました。師範学校に在学中の17歳のとき、地理教師が進めた授業に触発され貴重な徒歩旅行を体験しました。彼は1895年、教会学校の教師に採用されると、児童と一緒に野外に出て、遊び歌をうたい、算数など教科の授業も行う「ワンデルンシューレ(移動教室)」を思いつきます。そして、これがのちにユースホステル運動の発想を生むことになります。
シルマンは教室で授業を受ける子どもたちに、元気がなく、病気がちであることを憂えていました。当時、急速な工業化に伴う大気汚染で肺病になったり、周囲の急速な生活環境の変化で精神的に落ち込むような子どもたちが多かったといいます。シルマンは町なかの教室から子どもたちを連れ出し、郊外の森の中で授業をおこなってみたところ、子どもたちに笑顔が戻り、元気になるという効果に気付いたようです。
1909年、彼はドルトムント近くのアルテナを始点としてライン川沿いにアーヘンの丘陵地帯を抜ける8泊の徒歩旅行を実施しました。徒歩旅行2日目に激しい風雨に見舞われたとき、農家に納屋の宿泊利用を依頼したが断られ、一行は村の学校で教員の妻の許可を得てやっと宿泊できました。「ドイツ国中の学校が、宿舎(ホステル)として提供されれば、子供たちのために、安全で簡素で格安なユースホステルを作れる」と発想し、これを契機にユースホステル運動が始まります。
その後、この運動はドイツ国内に拡大し、第2次世界大戦という不幸な出来事がありましたが、ヨーロッパ、アメリカへと広がりました。日本へは戦後、1951年にアメリカ経由でユースホステルが導入され、東京・日光・富士・伊豆等13ヶ所に設置されました。現在では世界で約80の国と地域に約4,000か所、日本国内には約220か所のユースホステルが設置されています。世界で年間宿泊者数は約3,700万人、ユースホステル会員数は380万人、世界最大の宿のネットワークです。
私も1972年、当時NHK総合テレビが放映した「太陽の丘」という、ユースホステルを舞台にしたテレビドラマに影響を受け会員に登録しました。このドラマは伊豆山中にあるユースホステルで、さまざまな問題を背負いここを訪れる若者たちと、ペアレント(管理人)一家との交流を描き、社会や家族を見つめたものでした。森繁久彌がこのペアレントを演じ、田辺靖雄、九重祐三子、岡崎友紀などが登場します。
私の場合は徳島県鳴門市のユースホステルの運営を支えるボランティア(ヘルパー)として学生時代の4年間を過ごし、そこを訪れる同世代の青少年(ホステラー)と交流する貴重な機会を得ることができました。夕食後、ホステラーは食堂に集まり、歌を歌い、ゲームを楽しみます。そして彼らは翌朝自ら部屋を清掃し、「行ってきまーす」と元気に次の目的地に旅立っていきました。ペアレントの青木夫妻(他界)は私にとって両親も同然で、鳴門は第2の故郷でした。また、全国各地から集まったヘルパーは今も「渦潮の会」という懇親の集まりを継続しています。
野外での非日常的な体験は、青少年に貴重な「学び」の機会を与えます。人はひとりでこの社会にいるのではなく、他者と繋がり結びながら、その関係の中に、自分を発見しようとするものであること。そしてその過程で、自らが新しい価値をつくりだし、それを人々の生活や社会に埋め込んで、新たな価値によって革新し続けるものであること。このような「学び」の実践が、旅をするという非日常的な体験で、青少年に育むことができるのです。シルマンの時代と背景は大きく異なりますが、青少年がこのような「学ぶ」機会を得ることを、我々はたゆまず努力して提供する責務を持っているように感じています。
そして、この「学ぶ」姿勢は世代を超えて、今の私たちにこそ、求められているものと思います。

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土木ウォッチング&Discover Doboku/大阪万博のレガシー“太陽の塔”/芸術家岡本太郎がデザインしたSRC 造搭状施設

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東京都市大学名誉教授
吉川 弘道


それは、2014年9月11日夕刻、出張先での出来事でした。
大阪での用務のため、たまたま万博記念公園駅(大阪モノレール)近くのホテルを予約し、太陽の塔に期せずして再会したのです。駅を降りてホテルに向かって歩いていましたが、背後に何か気配を感じ振りむいたら、この塔がこちらを見ていたのです。かなり上空からの目線でした。
『生きていたんだ、太陽の塔』。本当にそう思ったのです。
(岡本太郎ファンの皆様、地元に慣れ親しんでいる方々には失礼ないい様ですが、本当にそう思ったのです)。高校3年の時、関西修学旅行で訪れた大阪万博(正式名称は日本万国博覧会:1970年3月15日〜9月13日開催)以来なので、40年振りの再会でしょうか。
『元気だった?』と尋ねたら、黄金の顔がコクンとうなずいていた(ような気がした)ので、
『(私は)こんな大人(?)になりました』と報告しました。
思いもかけない半世紀ぶりの会話(微妙に大袈裟になっています)で、何か目頭が熱くなるのを感じながらも、ホテルのチェックインに急ぎました。
さて、この太陽の塔は、1970年開催の大阪万博のシンボルとして設置された、高さ約70mのSRC造(一部鉄骨)の搭状施設。岡本太郎がデザインしたこの塔は、未来を象徴する頂部の“黄金の顔”、現在を象徴する正面の“太陽の顔”、過去を象徴する背面の“黒い太陽”、の3つ顔を持つ。昭和真っただ中にあって、この塔に見守られながら、それぞれに異彩を放つ外国/企業系のパビリオンを渡り歩き、次々に出っくわすカルチャーショックを享受していました(長い長い待ち行列にもへこたれずに)。上目線ですが、微動だにしない太陽の顔に、当時の様子を懐かしく思い出させてくれました。
‘太陽の塔オフィシャルサイト’https://taiyounotou-expo70.jp/about/project/ によれば、再生事業として、塔の耐震工事の実施と内部展示の「生命の樹」、第4の顔「地底の太陽」を復元し、既に一般公開(事前予約制)しているとのこと(すぐにでも、現地に馳せ参じる所存です)。
 加えて、建設ニュースhttps://www.constnews.com/?p=23315 によれば、塔の構造は、下部がRC造、中央部がSRC造、上部と腕部がS造の地下1階地上2階建て延べ1304m2。改修工事は、下部が内壁増し打ち補強、上部が既存鉄骨に補強鉄骨フレームを設け、既存エスカレーターを撤去するとともに、鉄骨階段を新設するとのこと。
 改めて整理すると、太陽の塔との出会いは1970年(昭和45年)。当時、大学受験を控え、理系とは決めていましたが(先生が決めていた?)、どんな分野どんな学部/学科が良いか逡巡している時期でした。そんな折り、コンクリート建造物(建築物ですが)との邂逅を果たしていたのでした。大学進学後、卒論でコンクリート構造を選択し、(40年ほど途中略)現在に至り、このCNCP通信の原稿ワープロをたたいています。やっぱり、建築の方が良かったのかな?(こら〜、そっちか!!)。

■追伸:社会インフラ(“土木”、または“Doboku”と総称しています)の醍醐味と意義を伝えるべく、下記の2つのサイトを主宰しています。
☆★☆土木ウォッチング -インフラ大図鑑-:https://www.doboku-watching.com/
***1,100の記事を公開しています
★☆★Discover Doboku -日本の土木再発見-:https://www.facebook.com/DiscoverDoboku/
***フォロワーが10,000人を超えました
社会インフラを、次世代に繋げるための現世代のミッションと考えています。ご支援ご愛顧ください。Infrastructure for the Next Generation.
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分かり易い土木 第7 回 鉄道の話−ミニ新幹線−

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シビルNPO連携プラットフォーム 代表理事
山本 卓朗


前回、ゲージ(軌道間隔)の話をしましたがその続きです。
我が国のゲージは太宗を占める国鉄が「狭軌」となりましたが、「標準軌」など異なるゲージの鉄道も走っています。近年、利便性を高めるために、都心を貫通するスル―運転が実施されていますが、当然のことながら、同じゲージの路線同士で結ばれています。例えば、「狭軌」のJR中央・総武線と地下鉄東西線、「標準軌」同士の京浜急行電鉄から都営浅草線をへて京成電鉄などです。

さて、新幹線が登場して半世紀を過ぎましたが、全国にそのネットワークを整備したいという夢は、財源や採算性から簡単に実現出来るものではありません。そこで既存の新幹線と在来線をつないで、地方の中核都市へ新幹線の効果を及ぼそうという構想が東北新幹線と山形・秋田方面をつなぐ形で実現しました。新在直通運転といいますが、“ミニ新幹線”の呼称で親しまれています。

では「標準軌」と「狭軌」をどうやって繋ぐのでしょうか?
まず車両の車輪間隔を可変装置で変える方式があり、スペインその他で実際に使われています。我が国では新幹線用にフリーゲージトレインの名称で開発が進められていますが、未だ高速域での実用化のめどが立っていません。
山形・秋田のミニ新幹線構想では、在来区間のゲージを「標準軌」に広げる方式を取りました。しかしゲージを広げても在来線のトンネルなどの空間は小さいままなので、車両は小型の在来線用です。こうして実際の運転は、東京駅から新幹線車両と在来乗り入れ用車両を併結して出発し、福島駅と盛岡駅で切り離します。ゲージを広げる工事ですが、作業を効率的に行うために、レールや枕木交換から軌道整備まで一貫して行う「ビッグワンダー(写真)」と呼ばれる軌道更新機が開発され大活躍しました。
ミニ新幹線の最大の特徴は、乗り換えなしで新在が直通することにあり、その利便性が利用客に評価されて、競争関係にある航空利用が激減したことにもつながったと思われます。

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■大阪万博のレガシー“太陽の塔

 数年前、昭和世代には忘れられない“太陽の塔”に再会し、改めて紹介致します。   
 1970年(昭和45年)開催の大阪万博のシンボルとしてデザインされた高さ70mのSRC造(一部鉄骨造)の搭状施設ですが、多くのレガシーを築きました。
 3つの顔、黄金の顔/太陽の顔/黒い太陽が会場内を見つめ、海外の来訪者にも強烈なインパクトを与えました。高校生の私は、この顔に見守られながら、国内外のパビリオンを巡り歩いたのです。
 最近、耐震改修工事と内部再生事業が完了し、太陽の塔を有する万博記念公園の再出発に大きな期待が高まっています。
▼フレンズコーナーに続く。
(吉川 弘道)

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私が主宰する土木ウォッチングには、このような投稿記事を分類/公開しています(現時点にて1100件1800セッション)。
https://www.doboku-watching.com/
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