2019年08月01日

第16回「土木工学」ということば

Civil Engineeringは、明治七年(1874年)『工学寮学課並諸規則(工部省)』に「土木学」と初めて記された、と第8回に書いた。現在の一般的な訳はというと「土木工学」であり、Engineeringは「工学」である。
遡ること四年、鉄道建築師長(Engineer in Chief)エドモンド・モレルによる「建築局と建築学校設置」建議をもとに明治三年(1870年)閏十月二十日、大隈重信、伊藤博文らに主導されて「工部省」が建置された。この提案が途中で中国官制の六部の一つ「工部」にならったであろう「工部院建置の議」に変わっていなければ、明治政府の殖産興業をつかさどる省が「建築省」となっていたかもしれない。翌明治四年七月の「工部学校取設ノ儀」を経て、八月十四日に工部省は10寮1司の編成となり、技術教育機関「工学寮」が新設され、山尾庸三が工学頭になった。翌明治五年一月二十四日制定の『工部省職制並事務章程』の事務章程には「工学ヲ開明スル事」とあり「工学」が開明すべき新しい学問として初めて記された。また「鉄道電信灯台礁標等ヲ建築修繕スル事」という記述もあり、当時「鉄道」「電信」「灯台」は「建築」するものだった。
「土木工学」は、旧「開成所」の流れをくむ「東京開成学校」の教育課程『東京開成學校一覧』(明治八年(1875年)二月)の諸藝學(ポリテクニツク)第二年本科中級に「土木工學(シビールエンジニール)及實験」として出てくる。「工学」が確立したためか、「土木学」ではなく「土木工学」と訳されている。
なお、「土木学会」の前身の「工学会」は工学寮卒業生の同窓会が基である。
(土木学会土木広報センター次長 小松 淳)
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