■はじめに CNCP通信の「土木ということば」という連載に敬意を表明します。今回は、その上で「いまさら何を言うのかね?」と、疑問に思われる方もおられるでしょう。ここでは、土木と市民社会をつなぐための第一歩として、「そもそも土木とは何なのか」を、改めて我々建設界に問いかけます。
■土木と市民社会との乖離 私は只今、CNCPの「土木と市民社会をつなぐ事業研究会」と、土木学会の「同・フォーラム(準備会)」という2つの会議に参加し、其々でワールドカフェ(ブレーンストミングの一方法)を行い、「土木と市民社会をつなぐ」うえでの問題点や不満を、参加者から吐き出して頂いた。
私は、その結果に驚きを隠せない。これを風景画で表現すれば、「建設界の前にある山の背後には、厚い雲がたなびき、遥か彼方に市民社会の峰々が聳えている・・」そんな印象を抱いた。要するに、建設界の有識者から見て「土木と市民社会が如何に乖離しているか!」を、改めて再確認した。
■認識の乖離は何処に? 前掲の2つの会議で出された、百数十に登る問題点の指摘を読んでいるうちに、「そもそも土木とは何なのか」という一丁目一番地の出発点への問いかけに至った次第である。
解りやすい例を挙げると、土木とは「建設工事の土木作業員のことでしょう?」「ああ公共事業で無駄な税金使っている?」「インフラの話は聞きたくない!」「政治家と賄賂で繋がる利権業界?」「だって、優美な橋を造るのは建築家でしょう?」・・・100%は否定しないが、理解がかなり偏向していると感じた。
要するに「土木」とは、「泥や埃にまみれる工事現場のイメージ」であって、その施工法とか技術管理も、ましてや設計やデザイン、更には計画、構想などは「これらは土木ではない」と思われているようだ。
そこで、モグラ叩きのごとく「違いを訂正する?」・・・そんな対処療法では効果が上がらないだろう。

■私の経験から 私の「NPO」では、構成員の8〜9割が非土木なので、一部に前掲の傾向はあるものの、如何なるプロジェクトにも、「話の中心は建設工事ではない」「土木技術ばかりを強調しない」「住民や利用者の目線に立つ」「生活・経済・文化などの面から捉える」「地域政策や地政学の観点から考える」・・・というスタンスを貫くことで、多くの一般市民との「普通の会話」が出来るようになった。
つまり、現在の国内外の社会情勢を踏まえつつ、事業の意義や目的を問い、よって「広島や中四国地域の課題解決」を、共に考えようと呼び掛けてきた。これはある種の「インタープリテーション能力」が必要かもしれない。
■建設界の理解度 近年は「土木とは何か」という問いに、建設界自身が答え難くなっているようだ。
「土木」は総合性を有すると意識しつつも、「国と地方」「行政と議会」「建設界の所属セクター」「設計施工の分離」「請負・委託」「入札・契約制度」などで、個々の業務が「専門・細分化」されて「焼畑農業」の状況にある。その結果、「土木と市民社会をつなぐ」さまざまな場面で、土木の全体像が捉え難くなっている。
しかし、多くの一般市民にとっては、建設セクターや業界事情はどうでもよい話なので、我々には「事業やプロジェクトの全体像」を、市民目線で押さえたうえでのコミュニケーションが必要になろう。
■技術の系譜 ここで話がやや飛躍するようだが、土木の英文字の語源は、軍事Military Engineeringに対する、非軍事(=市民工学)Civil Engineeringという、語源の系譜はご存じだろう。
比較のためそこで軍事の仕組みを右上図に示す。
「1.戦略Strategy」「2.作戦Operation」「3.戦術Tactics」という構成のもと、各々の役割、組織、人事等において混乱を来すことのない体制が執られている。
この仕組みは、企業経営の参考にされることが多く、小さな「戦術」ばかりが議論され、大きな目的、物語、シナリオなどの「戦略」が弱いという指摘が聞かれる。
重要なのは1→2→3の順位である。さて「土木Civil Engineering」の場合はどうだろうか?

■土木のかたちはどうなっている?
私は、上段から「思い」、中央の「使う」、下段に「造る」という右下の三角形のモデルを想定した。
●まず下段の「造る」とは・・・社会基盤の下部構造として「インフラ=InfraStructure」と呼ばれる。
土木=「社会基盤を造る」、そこには道路、鉄道、河川、上下水・・・と多くの技術分野がある。目に触れる工事現場のシーンだけでなく、各種の調査、設計、施工、維持管理、更新といった「フローの経済」を指します。そこで、私が問題視するのは、「インフラだけが土木か?」という点です。

●次に中段の「使う」とは・・・社会基盤の上部構造として「スープラ=SupraStructure」と呼ばれる。
国や地域、市民社会、利用者において、生活、経済、文化、観光などで「社会基盤を使う」という利活用のシーンを指します。
しかし、建設企業は造った後の「ストックの経済」には関心なし。そこに大きな問題があり、同時に巨大な商機を逃しています。
●最上段の「思い」とは・・・・国や地域戦略として「ストラテジー=StrategyStructure」と呼んでみた。
これは地域政策、地政学、企画構想など、行政内部や議会で審議されるシーンである。だが、そこが未熟で、市民には解り難く、非常に問題が多い。そのため、私のNPOは、しばしば議会支援や市民との意見交換等を行っている。
最上段の部分は、「どのような社会を目指して?」「そこから何を得るために?」「土木は何のために?」という、地域への強い「思い」がなくては、「土木と市民社会をつなぐ」ことは難しいだろう。
なので、土木の三角形の頂点は、「この国かたち」であり、「地域のかたち」を示します。
■最後にひとこと 今年元旦の新聞全面広告の「トヨタはどこへ向かうのか」というタイトルに、私は強いショックを受けました。世界に冠たる大企業にしてこれは凄い広告です。
まさに「土木はどこに向かうのか」と置き換えて、更に考察したいと思います。