2020年06月01日

第2回東京湾の埋め立て

第2回は東京湾の埋め立てです。徳川家康が江戸に幕府を開くと大規模な埋め立てが始まりました。もともと東京湾は浅い海でしたので、埋め立てに適していました。
江戸城の堀を作って出た土で埋め立てたのが東京駅の近くの八重洲と言われています。東京湾が東京駅のすぐ近くまで入っていました。勝鬨橋で有名な月島は航路を浚渫した土砂で作られたといわれています。江戸に入ってくる船の航路を確保し、更に住宅地を作ったという事例です。
佃島など逸話も多い島が作られています。徳川家康が本能寺の変の後、岡崎城に逃げ帰るのを助けた大阪佃村の漁民を江戸に招いて、特別の漁業権を与えたと伝ええられています。佃島は月島の隣で、図で月島と書いてある付近です。
廃棄物を処理するために埋めたのが永代島と言われています。昭和になってからは「夢の島」に生ごみなどの廃棄物を投入していました。私も小学生の頃に見学に行きました。その跡地は現在「若洲ゴルフ場」になっています。いまだにゴルフ場のフェアウエーからパイプを通してメタンガスが出ています。
江戸時代には焼却処分がない時代ですから大地震や大火の後の震災廃棄物も埋め立てられたようです。
以上
(理事・事務局長 内藤 堅一)

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