2020年06月01日

第5回宮崎県延岡市の「五ヶ瀬川の畳堤(たたみてい)」

五ヶ瀬川の畳堤を守る会 会長
木原 万里子
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宮崎県延岡市は宮崎県の北部に位置し、西に高千穂渓谷、東に日向灘に囲まれ、旭化成を中心に発展した人口12万人の地方都市です。
水郷延岡と称されるように、市内には五ヶ瀬川、大瀬川、祝子川、北川と大きな川が4つあり、そのうち畳堤のある五ヶ瀬川の源流は宮崎県と熊本県の県境にそびえる向坂山です。この川は延岡市内に入ると分流して五ヶ瀬川と大瀬川となり、市街地を貫流した後、河口近くで再び合流します。
この2つの川に挟まれた中州のほぼ中央、小高い山に最初の城主「高橋元種」が城を築き、政治、経済、文化が発達してきました。延岡の町は川によって造られた、といわれる所以です。
しかし、ひとたび豪雨が降ると、4つの川の水が一気に河口に流れ込みます。河口が小さいため、流水が膨れ上がり、水位が増し市街地は幾度も浸水被害を受けてきました。
五ヶ瀬川の「畳堤」は浸水被害から市街地を守るために造られた施設です。高さ60cmの橋の高欄に似たコンクリート製の枠が堤防上に連なり、上から見ると幅7cmの隙間が空けてあります。この隙間に畳がすっぽりと入ります。台風などで川の水が堤防を越える前に、畳を立てて洪水を防ぐ目的で造られました。ただし、戦災により街は焦土化し資料が残っておりません。
現在「畳堤」は、五ヶ瀬川沿いに、延べ980mが残っています。

昔は大瀬川沿いにも設置されており、総延長は2000mで、畳をはめ込むと約1000枚の畳が必要だったと言われています。

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全国的には、岐阜県岐阜市の長良川と兵庫県たつの市の揖保川にも畳堤があります。
長良川が昭和11年、揖保川が昭和25年に施工されました。五ヶ瀬川の畳堤は大正末期から昭和初期に造られたことが分かっており、日本最初に建造された畳堤と推定されています。

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当時の一般家庭では江戸間(長さ176cm幅88cm)の畳が使用されており、川岸の住民が自分の家の畳を持ち出し畳堤に畳を差し込み越水を防いだと伝えられています。畳は一度水を含むと乾いても使用できなくなってしまいます。川岸の住民が自分を犠牲にして街の人々を守ろうとした地域愛や皆で助け合う心が伝わってきます。これこそが防災の心です。
私たちは「畳堤」を地域防災のシンボルとして守り、保存し、洪水の被害から街を守ろうとした昔の人々の知恵や工夫を見直し、畳堤に込められた「自助・共助」の精神を広く伝えたいと平成13年に市民グループ「五ヶ瀬川の畳堤を守る会」を設立しました。依来、様々な活動を行っていますが、その内容の一部をご紹介いたします。
畳堤の自助・共助の精神を未来につなぎ、地域防災のシンボルとして守り、保存する活動として、毎年市主催の「防災フェスタ」に参加し子どもたちに紙芝居やぬり絵等で先人の思いを伝えています。
定期的に畳堤の清掃活動を行い、日常的に見学、触れられる環境づくりを行っています。
また先年、国交省の事業で畳堤のある堤防が補強拡幅され、非常時には防災道路、普段は畳堤散策路として利用できるようになりました。そこで今回、初の「水辺の青空美術館」を開催することができました。

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さらに、100年先の後世に「畳堤」の教えを伝えるために、等身大の石像を作って設置しました。

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様々な活動に対し下記のとおり表彰を受けております。
〇平成22年河川功労者表彰。
〇平成26年水防功労者国土交通大臣賞
〇平成27年土木学会選奨土木遺産認定

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水辺の青空美術館は、今年も11月1日〜12月20日50日間、実施する予定です。
ご覧いただければ幸いです。
posted by CNCP事務局 at 00:00| Comment(0) | 地域社会等
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