2020年07月01日

第 6 回 時を紡ぐ美しき隧道

滋賀の観光・イベント・情報サイト
「滋賀ガイド!」「チェキポン」「しがトコ」所属フォトライター
雲林院 ゆみ
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思えば子供の頃から、トンネルを通るとワクワクしていた。ごく普通の一般的な道路トンネルだったが、秘密基地のような、また、どこかへワープするような、漠然とではあるが何か「特別」なもののように感じていた。
大人になって、そんなワクワクも忘れかけていた頃、車で滋賀から京都へ抜ける山林の鬱蒼とした道を走行していた時、道の右奥になぜかそこだけ陽が射した、鮮やかな緑の一角が見えた。走行中のためそれは一瞬だったが、その明るい場所の正体が何なのか知りたく、すぐにいま来た道を引き返した。車を降り、薄暗い草むらを光の方向へと歩く。―――息をのんだ。“トンネル”が目の前に現れたのだ。藪を分け入ればすぐに光の正体に辿り着けるという考えを覆されただけでなく、予想外にもトンネルが現れたのだ。(写真1・2)
忘れていた子供の頃のあの感覚が、一気に溢れ出すように蘇った。
しかしそれは、私の知っているコンクリートの“トンネル”ではなかった。緻密に積み上げられた煉瓦、利便性のためだけならば不要であろう装飾的なポータル、使われなくなってどれほどの年月が経ったのだろうか、植物を纏ったその姿を見た時、私は初めて隧道に対し「美しい!」という感覚を抱いた。
圧倒的な存在に、しばし立ち尽くす。その時の私は、きっと目を見開いていたに違いない。そして吸い込まれるように湿った坑内へ入る。坑内は真っ暗なはずだが、好奇心で瞳孔が開いていたのだろうか(笑)、素掘りの痕をまじまじと見ながら歩いた記憶がある。その暗闇をぬけると、緑に覆われたかつての車道に、陽が燦燦と降り注いでいた。数分前に視界の端で捕らえた、あの鮮やかな緑の一角の正体だ。
「奥山田隧道」。これこそが以降、私が隧道に夢中になると同時に“廃隧道”の存在を知るキッカケとなった。

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私の住む滋賀にも明治や大正時代の古い隧道・鉄道隧道が多く、幾つかは今も現役隧道として残っている。それらを探索するうちに、滋賀の隧道に於いて「村田鶴」という名前を目にする事になる。大正から昭和にかけ、県の隧道設計に携わった土木技師で、谷坂隧道・佐和山隧道・横山隧道・観音坂隧道・湖北隧道などを手掛けた。土木遺産にも指定されているそれらは、時々その姿を見るためだけに出かけたくなるほど美しい。(写真3〜8)
隧道探索では、扁額やポータル全体を一通り眺めたあと、中へ入る。途中何度も振り返り、坑内から見える「外」の景色を楽しむ。そして坑内の煉瓦や石をまじまじと見ながら通り抜ける。その後も隧道を2、3回往復し、登れる所は登ってみる・・・不審な動きに見えなくもないので、少し周りを気にしながら(笑)。旧道や埋もれた廃隧道などは、地図を頼りに行ったり来たり・・・隧道に辿り着くまでの道のりも楽しみのひとつで、その時点から既にワクワクが始まっている。

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しかし「隧道」というカテゴリーは、まだまだ私の周りではマイナー分野で、“隧道”と言ってもまず通じない。それで“トンネル”と言い換えると、高確率で「え〜。心霊スポットが好きなん?」と返ってくる。やはり一番に「トンネル=怖い」というイメージなのだろうか。ことに廃隧道ともなれば・・。私は1人で探索に出るのが特に楽しくて好きなのだけれど、「オバケ怖くないの?」と聞かれる事が多い。今まで隧道に対し「キレイ!かっこいい!神秘的!」と目を輝かせる事はあっても、怖いと思った事はない。正確には「霊的に」怖いと思った事はない。ただ、百数十年も在り続ける姿に畏怖の念・畏敬の念という意味で“畏れる”事は、しばしば。
それにしてもなぜ隧道に惹かれるのか。しかも古い隧道に。
これまで峠を苦労して越え、時間をかけて谷を迂回していた場所が便利に行き来できる様になった事に喜び、かつては人々が行き交い栄えていたであろうその場所も、新しいトンネルや道路が出来たとたん、人の気配はなくなる。ひっそりと佇む真っ暗な穴は恐れられ、時に忌み嫌われ、やがて忘れ去られる。そのような背景や、長く時の流れを背負ってきた廃隧道は、とても力強く美しいものへと「成し遂げた」ように感じる。
「廃」は「死」ではない。・・・と、私は思う。それを見る者に美しい、素晴らしい、等の感情さえも与えてくれる。見る人によっては怖かったり、悲しかったり・・・。「廃」の物に対して何かを感じ、心が動くのは、むしろ今もなお「生き続けている」からなのかも知れない。私はそこに「廃の美」をも感じる。
私は単なる「隧道好き」で、専門的な知識も無いけれど、重機の無い(または充分ではない)時代に山を掘削し、土を運び出し、切り石や煉瓦を運び・・・その労力や技術に、ただただ圧倒される。これまで探索した中でも印象的だったのは明治18年に穿たれた旧長野隧道(三重県)。廃隧道ではあるが、約140年経った今もその姿はとても美しく、堂々としている。(写真9・10)

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古い隧道に見られる“利便性のためだけならば不要であろう装飾”には、念願だった隧道への思いや敬意、喜び等が込められているようで、現代のトンネルとは位置づけが少し違うのも興味が湧く一因なのかも知れない。
とは言え隧道の、トンネルの、どこが好きなのか、何に惹かれるのか。考えたこともあったが的確な答えは出ないままだ。理屈ではなく心がワクワクする。心の赴くまま、興味が湧くまま、瞳孔の開くまま(笑)、また探索へと向かおう。
好奇心が原動力!

●私の「隧道」紹介サイトです!
1.三重県「長野隧道」探索日記(Facebook)https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=854503321548462&id=100009664055757
2.「滋賀の隧道」動画“くものすけ副隊長”https://www.webaminchu.jp/news/?creator=kumonosuke-vice-president
posted by CNCP事務局 at 00:00| Comment(0) | 人文等
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