2020年02月01日

第22 回 翻訳された方丈記の「土木」

方丈記(鴨長明)』(1212年成立)に「いまうつり住人は土木の煩あることを嘆く」がある。現代語訳は「新たに移住してきた人は、建築のやっかいさを嘆いている。」〔簗瀬一雄訳注:方丈記、角川学芸出版、2010年〕である。
日本の古典文学の傑作として、夏目漱石をはじめとして、多くの日本文学研究者が『方丈記』を翻訳している。初期の『A Description of My Hut(夏目漱石)』(1893年)、英国の日本語書記官による『A History of JAPANESE LITERATURE(W. G. Aston他)』(1899年)は残念ながら全訳ではなく、福原遷都の「土木の煩」の部分は欠けている。
南方熊楠はF. V. Dickinsと連名で「Journal of the Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland(王立アジア協会誌)」に発表した『A Japanese Thoreau of the Twelfth Century(12世紀の日本のソロー)』
(1905年)という論文で“the newcomers had to live amid the unpleasant bustle of construction.”と英訳して、「土木の煩」を「建設の煩わしさ」としている。
Donald Keene(2012年に帰化してキーン ドナルドに)は「Anthology of Japanese literature(日本文学選集)」の『An Account of My Hut』(1955年)で、“those who now moved there complained over the difficulties of putting up houses.”と英訳して、「家を建てることの難しさ」としている。
このほか、『方丈記』には、英語(多数)、ドイツ語、ラテン語、アラビア語への翻訳があり、“the difficulties of building”などの表現が多い。
(土木学会土木広報センター次長 小松 淳)
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2020年01月01日

第21回 地名の「土木」は「トキ」

茨城県に、久慈川左岸の自然堤防周辺に位置する常陸太田市上土木内(かみどぎうち)町と日立市下土木内(しもどぎうち)町がある。『日立市史』(1959年)「地名に関する伝説」節の「下土木内町」には「茨城県北部地方は八幡太郎義家ゆかりの地名伝説がとくに多いがこれもその一つである。(中略)土木内とは義家の軍が久慈川を渡ろうとして難渋したとき、その一帯の森林を伐って土木工事をしたのでその名が起こったといい、あるいはまた義良親王を奉じて鎌倉に向かう北畠顕家の軍が、村人の助けをかりて土木工事をしたのだとも伝えられている。」との記述がある。ただ、平安末期の源義家、鎌倉末期の北畠顕家の時代の「土木」は建物の造作の意味であり、ここでいう土木工事にはあたらない。江戸時代の『寛政水戸領絵図』(1793年)の久慈川河口付近に「上トキウチ」という地名があり、また『大日本地名辭書第二版』(1907年)には「常陸國久慈郡土木内(トキウチ)」とあるので、もとは「とき」という音に「土」と「木」という万葉仮名をあてた地名ではないかと思われる。
このほか『和名類聚抄』(934年頃成立)国郡部の備前国三上郡の地名に「土木」郷が出てくる。国学者の本居宣長が地名を分類した『地名字音轉用例』(1800年)著作のために用例収集した自筆書入のある『和名類聚抄』の該当部分の「土木」に、原本にはない「トキ」という地名の読みと注記が書き入れられている。『日本歴史地名大系』(1982年)によると、広島県庄原市一木(ひとつぎ)町にあたるとの説は疑問とのことで、こちらの現在地は不詳である。
(土木学会土木広報センター次長 小松 淳)
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2019年12月01日

第20回 国語辞典の「土木」の用例

国語辞典の「用例」とは、『大辞林』に“用いられている例。用い方の例。「近松に−のある語」「−をあげて説明する」”とある。「土木」の代表的用例は何だろうか。まず、「土と木」の「用いられている例」を現代に近い時代に探した。
幕末から明治に活躍した福沢諭吉には多くの著作があり、慶應義塾大学の『デジタルで読む福澤諭吉』で全119冊の全文が検索できる。福澤諭吉が初めて使った「土木」は、翻訳本『兵士懐中便覧』(1868)「第三砦を築くに土方の人数十分にして且土木も沢山なれば本式に築造す可きなれども」で、「建設材料」としての「土と木」であった。西洋文明の紹介書『西洋事情二編巻之一』(1870)「物を費し随て新に物を生ずるに当り、土木を費して家を生じ、米を費して酒を生ずるの類なり。」は「建築材料」の「土と木」を表している。
次に「インフラを造る」「土木」の用例は、『日本国語大辞典第二版』(2001)に“青春〔1905〜06〕〈小栗風葉〉春・七「何か土木の事から県民の大反対を受けたので、其れを見切時に官途を退いて」”とあるが、内村鑑三の講演『後世への最大遺物』(1894)の「ドウ云ふ事業が一番誰にも解るかと云ふと、土木的の事業です。私は土木者ではありませぬけれども、土木事業を見ることが非常に好きで、始終それがありますと注意して見て居ります。けれども一の此土木事業を遺すと云ふことは、實に我々に取つても快樂であるし、又永遠の喜と、富とを後世に残す所のものじやないかと思ひます。」はどうだろうか。なお、この初出の一節、後の岩波文庫や青空文庫所収の版とは異なっている。
(土木学会土木広報センター次長 小松 淳)
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