2020年10月01日

第9回 見沼たんぼと代用水と通船堀

シビルNPO連携プラットフォームサポーター/アジア航測
土木学会 教育企画・人材育成委員会 シビルNPO推進小委員会委員
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大友 正晴


「見沼代用水・見沼通船堀」と言っても地元以外の方は、ご存じないと思います。筆者は、浦和市(現さいたま市)で生まれ育ちました。小学3〜4年生の頃に社会科の授業で見沼代用水・通船堀を習い遠足で訪れています。当時の見沼代用水・通船堀は、ただ田んぼの中にポツンと水路があるだけで、とくに遠足で行ったという記憶以外ありませんでした。そんな見沼代用水が、2019年9月4日に国際かんがい排水委員会(ICID)国際執行理事会において、「世界かんがい施設遺産」に登録されました。見沼代用水・見沼通船堀は、整備当時の土木技術を駆使した施設でもあります。

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■世界かんがい施設遺産とは
かんがいの歴史・発展を明らかにし、理解醸成を図るとともに、かんがい施設の適切な保全に資するために、歴史的なかんがい施設を国際排水委員会(ICID)が認定・登録する制度で、2014年度に創設されました。
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1.見沼たんぼ・代用水・通船堀
見沼田んぼは、右の「経路略図」のように、さいたま市東部の芝川沿いに広がる水田地帯で、江戸時代に約1,200Haの新田として開発されました。見沼代用水はその水源として整備された延長約60kmの水路です。現在でも見沼代用水は、見沼田んぼをはじめとした流域の水の供給源として機能しています。
見沼代用水は、利根川から取水(見沼代用水元圦・増圦)して既存河川の利用と新たに掘削した用水路で構成されています。途中の河川との分合流・横断には堰を設けたり(十六間堰、八間堰)、伏越し(サイフォンと言って地下横断するしくみ)(柴山伏越)、河川を跨ぐ(瓦葺掛渡井)など土木技術を駆使して整備されました。瓦葺からは田んぼの東側と西側の縁沿いに分かれて整備され通船堀に至るものです。

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見沼代用水経路略図
「見沼代用水と見沼通船堀」パンフレット
(さいたま市教育委員会編集発行)より

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現在の利根川取水後の分水
(左から埼玉用水路、武蔵水路、見沼代用水)

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現在の十六間堰(左)と八間堰(右)
(見沼代用水は右の八間堰に流れます)

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現在の柴山伏越
(上)元荒川を地下横断
(黄色の点線)している
(右)伏越し下流側

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瓦葺掛渡井跡(左)と現在(右)は綾瀬川を伏越手前の水門(東縁・西縁に分岐)

見沼通船堀は、見沼田んぼの南に位置して田んぼの東西縁の水路と田んぼのほぼ中央を流れる芝川とを結ぶ運河です。見沼通船堀によって荷物の輸送、特に年貢米輸送などの物流を担いました。

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2.見沼代用水・見沼通船堀の歴史
見沼たんぼは、江戸時代初期には農業用水のため池「見沼溜井」として整備されていました。その後八代将軍吉宗による享保の改革の一環として幕府の財政改革を図るため、見沼溜井の新田開発が井沢弥惣兵衛為永に命じられました。井沢弥惣兵衛為永は見沼溜井の代わりとなる水源確保のため利根川から水を引く見沼代用水を築造したのです。

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(右)井沢弥惣兵衛の像(見沼自然公園にて)
(下)井沢弥惣兵衛の墓(柴山伏越脇の常福寺)

見沼代用水の整備と同時に、見沼通船堀は、江戸への米の輸送など舟運のため、見沼代用水と芝川を結ぶ運河として整備されました。しかし見沼代用水と芝川との水位差があるため「閘門式」と呼ばれる方法がとられました。なお、見沼通船堀は、見沼溜井の際の八丁堤が設けられた北側に整備されました。八丁堤には「赤山道」が通っており、陸上と水上の交通の要所となっていました。見沼代用水・見沼通船堀を使った通船は、昭和初期まで続いていました。

3.見沼通船堀の構造
見沼通船堀は、先にも述べましたが、見沼田んぼの東縁と西縁に流れる見沼代用水と田んぼの中央を流れる芝川を結ぶ約1kmの「閘門式」運河であります。見沼代用水と芝川とは約3mの高低差があります。この高低差を調整するために東西に木製の関を設けて水位調整することで通船を可能としました。

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見沼通船堀(閘門式運河)の模式図
(さいたま市HPより)


筆者が小学生の頃には、木製の関などがあったのか定かではないくらい目立たないもので、当然のこと、「閘門式」の仕組みなどは全くわかりませんでした。ただ授業で、パナマ運河よりも古い世界最古の運河だと教わりました。今では、世界的にも見沼通船堀よりも古いこの閘門式運河があることが分かっています。現在見沼通船堀は、木製の関などが復元され往時をしのぶことができます。毎年8月には「閘門開閉実演」を行っており、見沼通船堀の仕組みを知る機会もあります(今年は中止されました)。

4.見沼田んぼをあるく
かつての見沼たんぼは、様変わりしつつあります。近年では、公園施設(市民の森、大宮第二公園、合併記念公園、大原サッカー場、七里総合公園、見沼自然公園などなど)、公共施設(さいたまクリーンセンターなど)、学校、病院などと用途も多岐にわたってきています。
しかし、まだまだ自然も豊かで、いまだに水田・畑など耕作地として使われている所もあります。また、野鳥の宝庫として60種類以上の鳥類を見ることができます。先日新聞に見沼田んぼに狐が50年ぶりに帰ってきたとの記事が載っていました。狐がいるという事は、その他の小動物なども戻ってきた証拠だと言ってました。
見沼代用水沿いには桜が植えられており筆者も桜の下を何度も通っております。地元では平成25年度より「サクラサク見沼田んぼプロジェクト」として桜の植樹を進め、総延長約20kmを超えた日本一の桜回廊が形成されました。筆者も開花時期には桜のトンネルの下を車で通ることがありますが、とても壮観で美しい世界を味わうことができます。

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(左)中山神社    (右)氷川女体神社

また、見沼田んぼ周辺には氷川女体神社をはじめ神社仏閣も多くあり、博物館、農産物販売所、飲食店など、散歩するにはもってこいの環境にあります。
皆さんも一度散歩をしてみませんか。

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■唱歌「案山子」発祥の地記念碑
「山田の中の一本足の案山子〜♪」という歌詞はどなたもご存じの童謡ですが、この作詞者が地元出身の武笠 三です。記念碑は、見沼氷川公園内にあります。
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■参考資料
@見沼〜水と人の交流史〜、令和元年10月、さいたま市立博物館
A見沼 その歴史と文化、平成12年8月、浦和市立郷土博物館
B見沼代用水と見沼通船堀、2010年8月、さいたま市教育委員会
C見沼通船堀、2008年9月、さいたま市教育委員会文化財保護課
D見沼通船堀 再整備事業の概要、2019年5月、さいたま市教育委員会文化財保護課
Ehttps://www.city.saitama.jp/004/005/006/
008/ index.html「見沼通船堀」
F見沼田んぼ見どころガイド―2020―、令和2年3月、さいたま市都市局計画部見沼田圃政策推進室
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第5回 鉄道の話 ―軌間ゲージ―

2本のレールの上を機関車や電車が走る基本のかたちは、大昔から全く変わっていません。そしてその2本のレールの間隔を、「軌間きかん・Gaugeゲージ」と言います。世界で最も普及しているゲージは、1,435mm(4フィート8.5インチ)で、標準軌スタンダードゲージと呼ばれ、それ以上広いものを広軌、狭いものを狭軌と呼んでいます。1814年に、スティーブンソンが蒸気機関車を走らせ、標準軌の機関車が普及していきました。しかし、当初からゲージが規格化されていたわけではなく、もっと広いほうが安定しているとか、効率が良いとか様々な議論があり、多様なゲージで敷設されていきます。1840年代になるとネットワークが広がり、異なる線路を接続させたいということから、“ゲージ戦争”が起こります。そして英国では標準軌に統一されていきますが、大陸の諸外国では、より広い機関車も開発され普及します。一方、1860年頃から、よりコンパクトな蒸気機関車の方が効率的ではということで、1,067mm(3フィート6インチ)の狭軌やフランスが開発した1,000mmのメーターゲージがアジア、アフリカなどで普及していきます。このような歴史から、現在にお
いても、世界中に広軌、標準軌そして狭軌が混在しており、我が国が鉄道のインフラ輸出を進める過程でも、ゲージ戦争に巻き込まれることがしばしば起こります。さて我が国の鉄道は、明治維新から始まりますが、1872年の新橋・横浜間の鉄道は、1067mmの狭軌でした。私の子供の頃、お雇い外国人が、“後進国の日本には、狭い植民地規格で十分”と狭軌を指導した・・・と聞いて、何となく信じていました。しかし当時の世界が狭軌ブームであったことや狭小な国土で財政基盤が出来ていない我が国の急激な欧化政策のなかで、現実的な決定をしたのではと思います。しかしこのために、明治の半ばから今日に至るまで、如何にしてゲージを広げるかという難しい課題に悩まされ続け、ついに新幹線へと飛躍することになります。

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(代表理事 山本 卓朗)
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2020年09月01日

市民参画によるインフラメンテナンスの前進に向けて

市民参画フォーラム・事例WG  駒田 智久


インフラメンテナンス国民会議・市民参画フォーラムの3つのWGのうちの市民協働調査・分析WG (略称;事例WG) において実施した市民参画事例の収集と分析について記す。
〇事例収集の考え方と方法
・収集対象;「インフラ施設」の「維持管理」に係る活動を対象とした。「維持管理」としては、直接的には、点検・補修等の他、管理運営や維持更新計画等も含め、間接的には、維持管理に係わる教育・研修、市民啓発、技術支援、社会的発信等も含めるものとした。インフラメンテナンスは、最終的には「(施設の)点検・補修」という実践行為に至るが、市民参画の観点からは、対象範囲を拡げて考えることが重要であるとしている。なお、「市民参画」の「市民」には、団体・個人を問わず、多様なものが含まれると考えている。
・収集内容;必須事項として〔実施場所/市民活動の主体/活動の概略内容〕、また追加事項として〔協働行政部署/実施時期・期間/協働の経緯/協働の種類(領域と役割)/協働事業の段階/費用負担の具体/コーディネーター〕とした。
・収集方法;自主的な収集と、土木学会アンケート調査結果の利用の2つの方法に依った。前者は、主として市民参画フォーラム、特に事例WGのメンバーに情報提供を求めた。主としてマークした情報は、国民会議インフラメンテ大賞等の受賞、土木学会表彰(市民普請関係)などであり、一般メディアも含めた。一方で、土木学会シビルNPO推進小委員会は、各地域の市民協働の活動の中で、シビルNPOが有効に活かされることを願って、地方自治体、シビルNPO及び大学・高専を対象に、市民協働に関するアンケート調査を平成29年度に実施しており、その成果を利用させて頂くこととした。その内、地方自治体回答の438件(自治体数としては258件)を対象とした。
〇収集結果
対象施設と活動分野ごとに収集結果を表−1に示す。学会アンケートのうち、何らかの形でインフラメンテナンスに係る件数は全173件であったが、環境美化・清掃のみの活動も少なくなく、それらは一応除くこととし、その結果が78件である。そのうち整理対象としたのが17件、自主収集36件と併せて全53件となった。
・水・河川系;市民が係りやすい河川分野以外に、湖沼、水路やダム分野でも事例が挙がった。河川分野では実際の維持補修も実践している事例があるのは注目されよう。

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・道路系;道路分野では点検・情報が半数以上となっているが、一般維持管理や除雪、更には道路整備が挙がっている。橋梁分野でも、高欄の塗装とは言え、実際の補修作業が含まれている。
・地域・まちづくり系;公園や公共施設もここに含めた。公園では市民が参加しやすい維持管理分野が多くを占める。公共施設関係は1例である。まち・地域関係ではまちづくり分野が多く、他の計画対応や指針づくり、防災関係も数は少ないが挙がっている。 
〇横断的考察
・活動主体;参画する「市民」の分類と事例を表−2に示す。活動団体にも種々あることが分る。団体の種別で活動の分野は大きく変わることはないとみられる。特に道路を対象にした教育機関の関与が注目されよう。市民・事業者については特定の認定等を受ける場合や、何の資格も無くて登録するだけで参加できるものもある。地域住民の事例として単なる通報ではなく、福島県天栄村や南会津町のように一定の力が必要なもの(道路等の補修作業)もあり、注目される。

・学の関与について
事例には大学・高専および工業高校が専門的知識をもって参加・関与しているものもある。表−2のうち、福島県南会津町の橋梁に係る事例については「ふくしまインフラ長寿命化研究会」が関与している。同会の会長の日本大学工学部土木工学科の岩城一郎教授の主導のもと、橋に限定されず、道路も含んで、住民と学生の協働により多彩な活動を展開している。長崎大学の道守養成ユニットや、岐阜大学における「社会基盤メンテナンスエキスパート(ME)養成講座」も同様な事例と考えられる。継続性に心配がある市民団体に比し、大学等の場合はその懸念が小さく、活動の継続性を考える上では、学の関与は大きな意味を持つといえよう。

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・背景としての行政側の制度・事業
団体、個別の市民・事業者を問わず、活動を継続するうえで、重要であるのは管理者の支援である。表−3はその支援の内容ごとに制度的な事例を示す。一般市民の参画を得るためには、前提となるサービス提供が当然であり、DやEの支援は必須と言えるが、団体として期待するのはA〜Cの即物的な支援であろう。図−1はAの国交省のプログラムのスキームである。
ここで注目されるのはBであるが、土木学会でいう「市民普請」を促進するものと言える。このような取組みは農水省関係に多いと見られる(写真)。
なお、京都市では、「公共土木施設の維持管理に係る市民協働指針 みんなで守る“道・川・みどり”京のまち」を平成29年に策定している。

〇今後に向けて
事例WGが目指す姿は「インフラメンテナンスの事例や社会実験から新しい効率的な仕組みがつくられ、全国の自治体で採用され効果を上げている」である。事例収集はその第一歩的なものであるといえるが、先ずは、このように様々な市民参画の展開事例が有ることの社会的な発信が考えられる。
また、今回の分析は、多く、先に示した「必須事項」に基づくものである。「追加事項」については、収集方法の限界から一部の事例でしか把握できなかった。今後、幾つかの事例に絞り込んで、その活動組織および関係自治体にコンタクトして、核心的な情報の獲得を図り、現地での調査も行った上、さらにそれらの自治体や団体との協働についても、その可能性を検討する考えである。
なお、土木学会では「市民団体との協働活動促進のための方策検討」会議がスタートしている。また、このような動きを学問の対象とした研究もある。それらの動きとの関連も見据えた今後の活動とする必要が有ろう。

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