2019年11月01日

「市民の信頼を得るには、理念・哲学の構築と生活感が重要!」

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ジャーナリスト(元NHK解説主幹) 齋藤 宏保


2016年の震度7を観測した熊本地震、2017年には九州北部豪雨、2018年は7月に西日本豪雨、9月に北海道胆振東部地震、そして今年は9月に千葉県に大きな被害を与えた台風15号、10月に平成最悪の水害という台風19号に台風21号と、この4年間、地震と台風・豪雨災害に限っても大災害が頻発、大災害時代の幕開けのような不気味さを覚えます。
折しも今年に入り、オーストラリアのシンクタンクが「気候変動で、2050年には最悪の場合、人類文明が終焉に向かうかも知れない」という衝撃的な報告書を発表したのを始め、「2055年には世界の人口が100億人を超え資源枯渇・食糧難が深刻に」、さらに国内でも「今後30年以内にマグニチュード8クラスの南海トラフ地震が発生する確率は70〜80%、その間、マグニチュード7クラスの地震が頻発」、インフラの老朽化も一気に進み、「2033年には建設後50年以上経過する道路橋が約67%、トンネルが約50%、下水道管きょが約50%に」と、先行き不安な予測が次々に出ています。
こうした中で、「土木と市民社会とつなぐ」ことを目的に、地域社会・市民社会の様々な課題解決をめざすCNCPは、こうした時代の動きを読み解き、そのためにはどんな対策が必要なのか、一般市民に向けて訴えかけたのでしょうか。少なくとも私にはメッセージが届いていません。なぜなのか、約40年近くにわたる取材体験を踏まえ、まとめてみました。

私とインフラとの出会いは、コンクリート。人間が作ったものは一体、どの位持つのかというのが動機でした。1982年に社会部記者として初めて取材、1983年にNHK土曜リポート「警告!コンクリート崩壊・忍び寄る腐食」、1984年にNHK特集「コンクリート・クライシス」、1985年から3年間、旧建設省記者クラブに常駐、1993年にNHKスペシャル「テクノパワー〜知られざる建設技術の世界〜」5回シリーズを制作、2000年にはNHKスペシャル「コンクリート高齢化社会への警告」を解説委員として監修。この間、土木学会を始め、旧建設省や、大学、建設会社、セメント業界、鉄筋製造会社、砂利採取現場、生コン工場、施工現場などを取材、なぜ半永久的に持つはずのコンクリートが異常に早く劣化するのか、徹底的に調べました。しかし問題の核心に迫ろうとすると、はぐらかされたり、取材を拒否されたりの連続でした。
また日本では起こりえないとされた「アルカリ骨材反応によるひび割れ」が全国で続発、阪神・淡路大震災では絶対に倒壊しないはずの高速道路が横倒しになるなど新幹線やビルなどコンクリート構造物が大きな被害を受けました。更に東海道新幹線を設計した国鉄幹部からは「ルートは人家のないところ。30年持てばというのが、当時の雰囲気だった」、大手建設会社のトップからは「地価高騰の影響で建設費が削られ、大地震が起きたら建物が大丈夫か心配だ」、大手住宅メーカーのトップからは「30年以上持つものを作ったら我々の業界はやっていけない」など、耳を疑うような生の声も直に聞き、衝撃を受けました。

2012年の笹子トンネルの天井板落下事故は構造的欠陥が原因なのにも関わらず知らんふり。今回の台風19号でも、被害がなぜ増大したのか、治山治水・市街化・下水処理能力・気候変動等を踏まえ総合的に解説する専門家はいませんでした。
また高齢者の運転ミスによる人身事故の急増に対しては、高齢ドライバーに対する批判はあってもインフラの構造上の問題を指摘する声はありません。首都高中央環状線山手トンネルは、照明が暗い上に情報が乏しく、高齢者や外国人のドライバーには運転が容易ではありません。
昨今、凍結防止剤の散布量が増えるのに伴い、道路橋の劣化だけではなく周辺への塩害が深刻になりつつありますが、大きな社会問題になっていません。
なぜなのか、私は主な理由として3つあげたいと思います。第一に、何のため誰のためのインフラなのか理念・哲学が見えず、しかも生活に身近なインフラに関心が薄いことです。

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阪神淡路大震災 横転した高速道路

10月に亡くなった日本人初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんがこだわったのが「現場主義」。「橋守」はまだ一部の地域に過ぎません。これでは説得力がなく心に響きません。第二に、大事故や大災害が起きると“想定外”だと言い訳したり、“不都合な真実”に目をつぶったり、困難に立ち向かう気概・覚悟が見られないことです。第三は、公共事業の目的はインフラを作ることではなく、所要のサービスの提供ですが、肝心のユーザーや生活者の視点がないことです。こうしたことが積み重なって、皆さんの思いが市民に届かないのだと思います。
「萬象二天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ」「人類ノ為メ国ノ為メ」は、信濃川補修工事竣工記念碑(1931年に建立)に刻まれた、土木技術者・青山士さんの言葉です。
土木と市民社会の橋渡し役として期待されるCNCP。多難な未来が待ち受ける次世代に対し、確固たる理念と哲学の下、安全・安心の指針を示してほしいと思います。(了)

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阪神淡路大震災 横倒しのビル

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阪神淡路大震災 落下した橋梁
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台風19号災害の被災地・水戸の現場から

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シビルNPO連携プラットフォーム 理事
茨城の暮らしと景観を考える会 代表理事
               三上 靖彦


大型で強い勢力を保ったまま上陸した台風19号は、東海、関東地方を中心に激しい雨を長時間降らせ、日降水量の国内1位を更新、各地で記録的な豪雨となった。その影響で、河川の氾濫や土砂災害など、広範囲に大きな傷痕を残した。
台風19号は10月12日(土)午後7時前、伊豆半島に上陸、その後は関東地方と福島県を縦断し、13日(日)正午に三陸沖東部で温帯低気圧に変わった。
茨城県内では12日から13日未明にかけ、大雨特別警報が発表される記録的な豪雨が降った。那珂川や久慈川などが堤防決壊や越水などで氾濫し、大規模な浸水被害が発生した。水戸市でも那珂川に流れ込む藤井川や田野川が溢れ、那珂川沿岸の飯富町や岩根町の広い範囲が浸水、水戸北スマートIC付近では最大7m以上の浸水で、知り合いの中華料理店も水没した。
茨城県測量・建設コンサルタント協会(茨測協)に属する私の会社には、14日(月)の早朝、茨城県水戸土木事務所の河川整備課より災害復旧調査の要請があり、体育の日の休日であったにも関わらず、多くの社員が被災箇所の調査に出向いた。一方で水戸市建設部からも被災道路の応急復旧についての相談があった。そうこうしているうちに、その日の夕刻、茨城県土木部河川課からドローンによる浸水区域の撮影要請があって協議が始まった。
翌15日(火)は早朝より被災道路の応急復旧絡みで国の常陸河川国道事務所と協議。その一方で、茨測協に属する会社に電話にてドローン撮影の協力要請。各社には合計で50機ほどのドローンがあるはずだが、国からの要請で早々に出払っていたり、ドローンはあっても浸水の痕跡調査などに追われ、パイロットを含む撮影チームが編成できない、などの理由で、確保できたのはたったの4班。翌日には少し増えて7班。これでは要請のあった茨城県管理の県内32河川を週末までに撮り切るのは不可能。やっと半分ほどの撮影が終わったところで翌週になり、水位も下がったので今度は浸水区域の撮影ではなく、被災箇所の撮影に要請内容が変わる。対象河川も2倍に増えたところで、21日(月)には茨測協の役員会を開催、体制を強化し、22日(火)以降、10班体制で対応することとなる。
さて、通常、国庫負担対象となる工事費を決定するための災害査定は、災害発生から2ヶ月以内に実施することが原則である。それに先立ち、国への災害報告は、箇所数確定は10日以内、申請額報告は30日以内。しかし、申請額報告は、査定時に著しい差のないようにする必要があるので、査定に必要な資料は概ね30日以内に全て準備しておかなければならない。査定資料準備は、被災施設の管理者(県や市町村)と測量・建設コンサルタント会社などの作業機関で実施することとなる。
茨城県や水戸市では、被災状況の調査結果を踏まえ、16日(水)までに災害査定対象の絞り込みを実施。17日(木)には朝から水戸市道路建設課と、被災道路の災害査定設計に向けた協議。午後は水戸土木事務所の河川整備課と被災堤防の災害査定設計に向けた協議。翌18日(金)の朝から水戸市内、茨城県内の会社との役割分担を決め、その日の夕方に水戸市と水戸土木事務所にそれぞれ体制を報告。各社、担当被災箇所の現況を把握した上で、査定設計に取り掛かる。この際、応急復旧の対象となっている被災箇所については、応急復旧のための図面も必要で、また応急復旧されてしまうと被災状況が確認出来なくなってしまうので、迅速な対応が求められた。19日(土)には水戸土木事務所から国道123号の査定設計の要請もあった。既に応急復旧は済んでいるところである。
21日(月)や23日(水)もドローン撮影を継続しつつ、断続的に茨城県や水戸市と協議。24日(木)の夕方には査定スケジュールが示された。主に県の重要案件が先で、市町村分はその後。少し余裕が生まれる。その間も茨城港湾事務所から大洗港の沖防波堤の、翌25日(金)には日立港の東防波堤の復旧調査・査定設計の要請も舞い込んできた。
ここまでの対応は、県や市、それに私たちコンサルタントも、東日本大震災や関東・東北豪雨での鬼怒川水害の教訓、経験が生かされた。水戸市には早い段階から国のテック・フォースが入り、初動調査から査定設計に向けた段取りは、極めて円滑であった。私たちコンサルタントは、茨城県や水戸市と災害協定を結んでおり、大規模災害発生時には協会へ被害調査の要請が入ることになっている。査定設計についても、各社とも経験済みのスタッフを抱えている。

また、東日本大震災の時は、調査や査定設計をする私たちも被災者であったので、それこそ大変であった。しかし今回は、多くの会社や社員が被災者ではない。その反面、弊害もある。通常業務、通常イベントが、当たり前のように「通常」に進められていることだ。一方で災害対応を進めながら、一方でお祝い事や懇親会、水戸漫遊マラソン、業務打ち合わせなどが予定通り実施される。地域全体として当事者意識が希薄だ。それ故、個人個人の日頃からの志の様なものが試される。社員一人ひとりの、この危機に対する心の持ちよう、行動に感謝したい。
と、ここまで書いたところで、関東では25日(金)、千葉県を中心に災害級の大雨となった。雨が降ればドローンは飛べないが、それ以上に冠水や河川の増水、土砂災害への警戒が続いた。茨城県でも鹿行、県南、県西方面の河川で新たな氾濫が発生した。浸水区域の把握のため、急遽、26日(土)、27日(日)にもドローンを飛ばした。
『巨大台風、「堤防神話」崩す』というタイトルの記事を見た。『今回のように甚大な被害をもたらす巨大台風は今後も恒常的に襲来する恐れがあり、専門家は「堤防神話」からの脱却を訴える・・』。原発の『安全神話』とか、水害が防げるはずという『堤防神話』とか。そもそも「神話」なんて、おとぎ話みたいなものだから、信じてはいけない。明治維新以降、私たちが築いてきた近代土木技術の限界・・。そんな事を考えながら、まだまだ災害対応は続く。

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水戸北スマートIC周辺の様子(令和元年10月13日)
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2019年08月01日

当たり前の重み

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NPO研修情報センター理事
千葉経済大学非常勤講師 岡室 美恵子


中国の人って土木のことどう思ってる?CNCPの理事さんから聞かれた。中国の社会開発や市民社会支援の事業に長い間従事した経験から、約14億の民に対しステレオタイプで答えるには勇気がいる。しかし、大きく外さないだろうと確信できる答えが1つある。多くの中国の人が恐らく今でも、土木は“国家の大計”と思っているだろうということだ。
1989年2月、作家の戴晴(当時は新聞記者)が三峡ダム建設計画に対する“反対派”の論点をまとめた『長江長江―三峡工程論争』が刊行された。翌月の全国人民代表大会で272 名の代表が建設の早期実施に反対し、姚依林副首相(当時)は最低5年間の延期を表明した。しかし、天安門事件が起こると戴晴は逮捕され、本は発禁、反対派の一部は「右派」とみなされ失脚へ。土木は国家の仕事、土木は政治、市民が登場する余地はなかった。
市民が登場するのは2000年に入ってからだ。01年3月、中国初の“公聴会”が開かれた。“”としたのは、主催者が政府ではなかったからだ。北京市は、汚染と施設の老朽化のため市内の河川、湖沼の治水工事に着手していた。昆玉河の工事もその1つで、土手や土底をコンクリート水路に置き換えていく。生態環境への影響を心配したのは「自然の友」「地球村」「緑家園」という“純民間”の環境三団体。社会主義体制下では、従来、人も企業も事業体も社会組織もみな国のもの。しかし、市場経済化の進展とともに社はパブリックヒアリングという仕組みがあるらしい…北京政府や関係者を招へいし意見交換したらどうか…。後に公聴会は政府や起業者が開くものと知り、「対話会」と名を改めたそうだ。会の終盤、副市長が「非合法組織の組織活動」と一声を発し、その場でメディア各社に報道禁止を言い渡した。
同年、市民参加と環境の重視を条件に「08北京五輪」の開催が決定すると、活動家による “声を公にしていく”ための少々手荒なアクションが増えていった。当時、環境団体は自然や野生動物の保護、ゴミ分別の普及などを主な活動に掲げており、環境は政治から最も遠い分野だった。よって当局は”認めず、近寄らず、取り締まらず”。 裏を返せば、NGOが政府との接点を持つことは極めて困難だった。活動家達は国際会議などの機会を利用して、時には場を占拠するような行動を起こし、訴え、主張を叫んだ。かくいう私も、某パネル討論会の席上「日本のODAで建設中のダムの影響をどう思うか」と突然やられたことがある。

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それが国や地方政府による土木事業に影響を与えていくアドボカシー活動“へと徐々に発展していく。2004年、国内のNGOが協力し、雲南省の怒江(サルウィン川上流。03年に世界遺産)のダム建設計画に対し反対運動を展開、世界ダム大会で国際世論を味方につけ、温家宝首相(当時)は工事の棚上げを発表した。強力なサポーターも後押しした。改革・開放を牽引してきた経済、建設部門と違い、社会のコストを扱う環境保護総局(現生体環境省)は、“ゴム印(法的な権限のみで実権なし)”と軽視されていた。地元の政治経済を環境部門でさえ優先する地方政府との軋轢もあった。NGOを環境同盟軍として「環保暴風(環境保護ストーム)」を吹き荒らし、30の国家プロジェクトの停止・見直しを要求した。
2005年、公式には中国初となる「円明園ビニールシート工事」公聴会が開催された。「人民日報」「新華通信社」がネットで生中継し、主要メディアも大々的に報道した。清代に造営された離宮の遺構にある湖に観光船を走らせるため、湖底にビールシートを敷く工事がほぼ完了という頃、偶然観光に来ていた造園学の専門家が憂慮し、メディアにリークしたのがきっかけだった。01年の「対話会」では、政府側が「専門家が科学的プロセスを用いて論証した。一般大衆はよく理解するように」を強調するのみだったという。しかし、05年の「公聴会」では、出席者は専門家、企業、市民にかかわらず、参加し自らの態度を発表することが求められた。生態系への影響だけでなく施行に至るプロセスは合法か?起業者や施工者の関係は?予算は適切か?市民の意識も向上していた。環境保護総局は工事の全面見直しを要求する一方、市民参加の意義について見解を表明し、翌06年「環境影響評価公衆参加暫定規則」が制定された。
2015年、25年ぶりに改訂された「環境保護法」は、情報公開と公衆参加を明記し、また「環境公益訴訟」の原告適格に“条件を満たす環境NGO”を含めた。日本では未導入の環境公益訴訟は、環境利益が侵害された場合、社会の共同利益を守るために法律で適格とされた機関・団体が訴訟を起こすことができる制度である。
社会主義体制下での市民と国家の関係に懐疑的な見方もあるだろう。徐々に築かれてきたしくみやチャネルの存在を知らない市民も依然として多いだろう。起業者に長期的な理がある場合もあるだろう。しかし、接点をさぐり、溝を埋めるチャネルをつかむことは当たり前ではなかった。しくみや制度の結実は「無」から創りだすことの重みでもある。
土木と市民をつなぐ上で、日本では“当たり前”すぎて、いつのまにか儀礼や休眠状態にさせてしまっていることはないだろうか。令和の時代に再考してはどうか。
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