2018年04月01日

自動車の自動運転化に、思うこと

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CNCP正会員・南房総CCRC研究会会長 廣谷 彰彦


お待ちかねでした。少し進展が遅いようですが、何とか間に合いそうで、良かったー!!
これは、自動車の自動運転化の進展に際して、偽らざる私の気持ちです。
死ぬまで車を自分で運転していたいから。
何を隠そう、私は自動車が大好きです。一つには、機械いじりが、または運転することが、或いはあの大きなものを自由に操ることが、私に無上の喜びを与えているように、感じています。
学生時代は、車の基礎的な修理・整備の真似事や、運転免許は大型を取得し車両総重量11トン以上、最大積載量6.5トン以上、乗車人員30人以上で、商業目的で無い情況で、運転しました。
他方、私のような高齢者が事故を起こす事例が増えていると言われます。高齢者に対する行政のいじめは、高齢運転者の事故事例をことさらに大きくメディアで取り上げさせ、免許証返納に追い込もうとしています。(私の個人的な印象であり、対象があっての悪意では有りません。)
私は既に深く高齢者の部類に属し、後期高齢者と呼ばれる範疇に向かって、全速力で駆けています。その間にも高齢者である自覚は、日々、益々高まりつつあり、様々な物忘れが高じ、判断力が低下し、身体反応が遅れ、・・・尽きないので、止めますが!!!
つまり、いつまで自分で車をいじっていられるのかが、大変に不安です。自分が責任を持って、事故を起こさないように車を運転できるのは、何時までかを、悩んでいます。
他方、今進展中の自動運転化は、試行運転中の時点で、既に死傷に至る事故を複数起こしています。したがって、後でも述べますが、商業ベースで自動運転可能の車両が、何時一般に渡るかは、全く不明です。
自動運転化技術を進展させている方法等は、もちろん一つや数種類に限りませんが、その中でも、今話題のビックデータを活用したAI技術は、車社会のみではなく、もちろん、土木の現場にも大きな影響を与えています。「様々な現場でおきる事象例をデータとしてドンドン取り込み、対象とする課題に技術者が実際として、どのように反応しているのかを記録する。その様なデータを際限なく収集して、いわゆるビッグデータとして蓄えた中から、AI技術を活用して、対象とする課題に対する技術者の反応を解析し、その様な反応の中から最も優れたものを選定して、将来の類似の現象に対する解として、技術者に応える。」
課題ごとに、様々な情況に対する好ましい行動パターンを想定して、例えば工事機械の自動運転を実現させるような情況は、人工や運転手不足に悩んでいる現場では、実際に広く採用され始めています。工事機械稼動が関わる事故の可能性は、一般公道を走る自動車とは、性格や可能性が大きく異なるために、自動運転化が実現される内容は、より広範であり発展性があるように考えられます。
ビッグデータを活用したAI技術事例は、もちろん土木だけではなく、例えば、囲碁・将棋の世界でも、人間がAIに負ける例が出始めています。人間側の反応は、「そんなにAIが優秀であれば、もっと広範囲に活用しよう」としており、このことは当然です。
自動運転技術の開発はかなり以前から話題に上がり、いよいよ商業ベースに向けて、下りてき始めているようです。様々な文献等にも見られるようであり、その中から気になった事柄を紹介します。

バツ1 自動車事故事例が減少するだろう。
自動車事故の発生原因では、その大半が運転者の責任とされている模様です。その運転者を事故が減少する方向に自動運転技術が補佐してくれれば、事故が減少しそうです。実際に私が期待することの大部分は、この点に有ります。
友人が購入した事故回避プログラムが取り付けられた自動車の場合、何かにぶつかりそうになると、ものすごい勢いで、ブレーキが掛かるそうです。もちろん、様々なケースが有り、今現在では、全てのケースで万全とは言えない模様です。
バツ1 アクセスコントロールされた高速道路などでは、走行車線をキープ出来る。
レーンキーピング機能が付いた自動車では、東京‐大阪間などで、実際にハンドルを握らず(現時点では無人で無く・運転者ありで)、自動走行を試行している模様です。長距離の場合は、この機能は大変に楽です。特に、高齢者にとっては。
バツ1 比較的に直線性が高い道路では、前の車との車間を守ってくれる。
これは、衝突回避プログラムと同様に、ある車間以内には、入らない模様であり、その車間も広い・狭いをコントロールできるようです。多分、レーダーなどを用いて、前の車を補足しているのでしょうが、道が曲がりくねっていると、前の車を見失う模様です。
バツ1 車庫入れ補助、目的地到達能力、等。
その他に、既に多くの運転補助機能が選定できるようであり、ずいぶんと楽になってきている模様です。
ということで、自動運転技術がずいぶんと身近になって来ているようですが、では、完全自動は、何時ごろ実現しそうでしょうか。色々な文献によって、見方が異なるようですが、あと、5年から10数年先のようです。
その実現された情況の呼びかたも、文献によって様々ですが、一つの例では、「全く運転の自動化が無い状態を(レベル0)とすれば、(レベル1)「運転支援」、(レベル2)「部分運転自動化」、(レベル3)「条件付運転自動化」、(レベル4)「高度運転自動化」、(レベル5)「完全運転自動化」とされていました。
現在は、(レベル3)辺りとされており、地理、環境、交通情況、速度、時間等々、限定された領域の中において、自動運転が稼動するようです。このレベルでは、システムが賄い切れない状況が発生するものと考えられているので、運転者は「システムが自動から運転手に車の制御を戻す」と判断した場合、そのサインがあってから、数秒から1分以内程度に自動車の運転を取り戻す必要があるようです。
このような環境で、実際に事故が発生したとすると、随分と情況が複雑になりそうです。現実には様々な企業・組織がいわゆるビックデータを積み上げようと、試行運転を公道で実施している模様ですが、その様な状況でも死亡に至るような事故が発生しているとの事です。
実際に事故に巻き込まれた場合、文献にも拠りますが、レベル5「完全自動運転化」とされた情況では、運転者には事故の責任は掛からないとされている模様です。しかし、(レベル3)辺りで、システムから「運転を変わってくれ」とシグナルされて対応しない中で、事故に巻き込まれたりすると、バッチリと、責任があるようです。
さて、私はもう既に「ヨイヨイ」状態ですが、そろそろ、運転を車に任せられる贅沢を、享受できるのでしょうかね、クルマさんよ。
以上。
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2018年01月01日

ヴィクトール・フランクルによる人間性心理学と自己超越性

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CNCP 常務理事 皆 川 勝
(東京都市大学副学長)


CNCP を通じて NPO 活動をされている多くの方々と知己を得て,学ぶことが多いと、常々感じておりました.あのエネルギーはどこから出るのだろうといつも思っておりました.そんな時、フランクルの人間性心理学に出会いました.
フランクルは,図に示すように,人生の意味は,「意味への意思」を持って,態度・創造・体験の価値を生むことにあり,特に自己超越的に態度価値を実現することにより,自己実現あるいは幸福が結果として得られるとしています.自己超越とは自分自身の欲求と関わらないことを意味しており,利他性と通ずるものです.
彼は、他の動物が利用価値をもつのに対して,人間に利用価値を求めるべきではないとし, 良心という意味器官を用いて,自律的に束縛されず行動を起こすことができる人間の人格的価値の重要性を説きました.人間は「何かからの自由」と「何かへの自由」という二つの自由性を持っており,前者は束縛からの自由を,
後者は行動への自由を意味しています. 特に後者の自由は良心に基づいて行動することの自由性であり,これこそが人間の人間たるゆえんであるとされています.自由性を有する行動により,未来は選択され得るのです.

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フランクルの人間性心理学

また,人生の意味は,人により,日により,時間によって異なってくるものであり,重要なことは人生一般の意味ではなく,各人の人生の個々の瞬間における態度決定などによる意味であるとされています.また,快楽への意志や力への意志は,意味への意志の喪失により生まれるとされています.このうち、力の意志は, 自己顕示・達成・支配などの欲求の結果と見ることができ,これは上位者が意思決定する際に生じ得るものです.一方,人間は必ず死ぬという有限性を有しますが,行動を起こした事実は過去の事柄になることによって固定化され,永遠に生きることができます.また, 体験すること自体にも価値を見出し,特に避けられない苦悩を体験することが,それが固定化され永遠化されることで価値となるとされています.アウシュビッツ強制収容所を生き抜いたユダヤ人であったフランクルの人間性心理学は、仕事や人生の意味に迷った時に一つの指針を与えてくれるのではないでしょうか.
(参照:フランクル V.E.(山田邦男訳):意味への意思,春秋社,2002.7.など)
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我が国の長寿命化と人生計画

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南房総CCRC 事業研究会 代表
CNCP 個人正会員 廣谷 彰彦


明治元年は、慶応4年(1868)とすることにされており、この稿が載る平成 30 年(2018)1月9日号の CNCP 通信 Vol.45は、ちょうど明治元年から 150 年目の刊行であることに気が付き、大変な光栄に緊張している。この間の我が国には様々な天変地異、歴史的事案、事件・事故があまたであり、大きな歴史を辿っている。取り上げられる話題は幾らでもあるが、此処ではわが国民の長寿命化を、見てみたい。
平均寿命とは「0歳の平均余命」であり、我が国の例を調べると文献にもよるが、縄文時代、弥生時代、室町時代、江戸時代初期辺りまでは大括りにしても15歳くらいで、
20 歳に達していない。この大きな原因は、乳幼児の死亡率が高く、我が国では、大正時代辺りまで見ても、乳幼児の死亡率は15%前後とされている。江戸時代には、「7 歳までは神の子」と言われて、人間の手を離れているように感じられていた (何かがあっても、諦めるしかない)。
他方、平均余命は「その歳に於ける期待寿命」であり、この様な時代においても、5歳児で20歳程度、14 歳を越えると、いきなり余命が 40 歳、50 歳などであった模様。歴史に名を残す方の年齢が 60 歳、70 歳等がかなり見られる。
当時に於ける寿命の支配要因は、感染症(結核、肺炎、気管支炎、胃腸炎など)、食生活、衛生環境などであり、平均寿命も明治時代始め位までは、30〜40 歳くらいだった模様。それが時を経て、1920 年位から感染症への勝利(ペニシリン、予防接種等)、小児医療の充実、栄養状態の改善、健康に係る教育の普及などに加え、妊産婦の対応など、急激に改善してきた。
海外の各国に比較すると、産業革命等によって我が国の先を行っていた欧米各国に対しても、明治以降に追いつき始め、2000 年から後は大いに上まわって、2016 年の予想では、男 80.98 歳、女 87.14 歳となった。文献等を見ると、日本人の平均寿命は、
これからも延び続けることが予想されており、近い将来に 120 歳、或いは 150 歳になってもおかしくないなどの研究成果も見られる。
大変におめでたいことであり、自然の摂理に対する大きな勝利であると、胸を張らなければならないところ、昨今の世情においては、逆に困ったことになってしまい、困惑しているような、風潮が見られる。この様な情況に対して、経済産業省の若手グループによる検討成果、「不安な個人、立ちすくむ国家」〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜(平成 29 年5月 次官・若手プロジェクト)が、様々な示唆を議論している(以下、若手 P とする)。

若手 P に拠れば、“立ちすくむ"とは、(将来展望が暗く、財政的にも厳しいのに、反転攻勢に出られない情況)を指す。これまでの我々には、「教育・仕事・引退」の3ステージで人生を計画し、定年後は「余生であり気まま」にと言う概念があった。しか
し、その夢のような局面を享受できる年代に到達してみれば、社会制度が全く未整備であり、何をどうすれば良いかもわからない。困惑に直面する”不安な個人“に対して若 手 P はまとめの中で、「これから数年以内には、高齢者が支えられる側から支える側へと転換するような社会に作り上げる必要がある」としている。すなわち「知的好奇心やスキル、知識のある定年後の世代の方々には、引退してしまわずに、もっと社会の中心で貢献し続けて欲しい。いま日本はアジアがいずれ経験する高齢化を 20 年早く経験するのであり、この課題を解決していくのが、日本に課せられた歴史的使命であり、挑戦しがいがある課題である。日本社会が思い切った決断をして変わってみせることが、アジア、ひいては国際社会への貢献にもつながる」、としている。
定年という区切りも世界的に見ると廃止される方向にあり、その原因は、年金制度にあるとされる (例:米、加、英、豪、新、等)。年金制度の逼迫から年金支給年齢を引き上げると、その間の生活は自分で面倒を見る意外に無くなる。一部の職業を除いては、年齢を理由にした解雇は法令で認められない国もあるとのこと。
したがって、これまでに想定していなかった人生の局面が、否応無しに迫ってきており、我々は“立ちすくむ国家”はさておいて、あらためて自らの人生の処し方を積極的 に計画しなおして、楽しむ方法を講じたい。すなわち、“支えられる高齢者”から“支 える高齢者”への転換であり、その場合の視点は、一般に費用、資産・財産、収入、さらに無形資産の形成と投資とされている。費用には、これから起こり得る生活・健康(病気・ 怪我)、年金手当額の増減、親族らに拠らない介護の費用等、そして収入、最後に無形資産(家族や友人・知識・健康・など)が挙げられる。
これまでに想定していた年月以上の長い道のりに対して、長生きリスクと称する方々も居るようだが、これから起こり得る情況を、先に示したような各項目に対して、出来るだけ想定・計画して、人生を謳歌するのが、賢いやり方ではないでしょうか。私も、精一杯に頑張ってみたい。
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